「ふふ」

 緋真は幸せそうな笑みを浮かべ、手にしている数枚の写真を見つめていた。ぴら、と一枚捲り、じっくりその写真を眺めた後、また捲る。この動作を何回ほど繰り返しただろうか。それでも緋真は飽きることなく、写真を眺めている。

「……可愛い」

 縁側に腰掛けながら、写真の中の少年へ、緋真はもう一度笑みをこぼした。
 少女にも見える、中性的な整った顔立ち。長い黒髪を高い位置でひとつに結び、少年は汗を拭っていた。どうやら撮られていたことに気づいていなかったらしい。

「可愛い」

 緋真は何度呟いたかわからない言葉をまた紡ぎ、写真を捲った。本当に飽きない。

「白哉様にも、このような頃があったのですね」
「私がどうかしたか?」
「きゃあ!」

 突然背後から聞こえた低い声に、緋真は大きく肩を揺らし、悲鳴を上げた。すぐさま後ろを振り向けば、そこには写真の中の少年の成長した姿があった。

「お、お帰りなさいませ、白哉様」
「ああ、今帰った。それで……その手にしているものは何だ?」
「へ!? あ、いえ……これは……」

 緋真がうろたえながら手にしているものを隠そうとする様子に、白哉は眉を顰めた。

「出せ」
「で、ですが……あ!」

 緋真は写真を背に隠して出すのを渋るが、白哉にひょいと簡単に取り上げられてしまった。

「これは……」

 写っている少年の顔を目にすると、白哉は目を丸くした。やや慌てた様子で、順番に写真を捲っていく。どの写真にも写っているのは同じ少年だった。
 己の幼き頃の姿である。
 稽古中の写真や書物を読んでいる写真、中には無防備な寝顔が写っている写真や、夜一に奪われた髪紐を必死に取り返すため、高く上げられた彼女の腕に背伸びをしながら手を伸ばすという、情けない写真まである。
 白哉は唖然とした。

「……これはどうした」

 少しの沈黙の後、やっとのことで白哉はぼそりと尋ねた。緋真は言いづらそうに、ぽつりぽつりとわけを話し出す。

「……実は、浮竹様がお昼にお屋敷をお訪ねになりまして……部屋の整理をしていたら見つけたから、と」
「もらい受けたのか」

 浮竹め、いつの間にこんなものを……。
 次に会ったときどうしてくれようか、などと物騒な考えを巡らせている白哉に、緋真は「でも」と続ける。

「とっても可愛いですよ、白哉様」
「……」

 緋真がにこりと笑ってそう告げてくるものだから、白哉はいたたまれなくなって視線を泳がす。
 めったに見ることのできない白哉の動揺っぷりに、緋真は何だか嬉しくなった。普段はやられっぱなしの自分が、こうして彼を動揺させられることが新鮮で嬉しい。

「可愛いです、小さい頃の白哉様。昔は髪を結んでいらしたのですね」

 もう一度、緋真は白哉に微笑み告げた。すぐに白哉はふいっと顔をそらす。写真の少年の面影を残すその横顔は、ほのかに赤く染まっていた。

「ふふ」
「……笑うな」
「申し訳ありません。……ふふ」
「……緋真」
「ふふっ」
「緋真」

 白哉はわずかに声を強めた。それでも緋真の顔から笑みが消えることはなかった。

「……もういい」

 小さくため息をつき、白哉は熱の集まる顔を右手で覆った。

「ところで白哉様……その写真に写っている女性は、親族の方ですか?」
「ありえぬ」

 緋真の言う女性が誰であるかすぐに気づき、白哉はぴしゃりと否定した。

「四楓院家の者だ」
「あの四楓院家の……!?」
「今は行方不明、生死すらも定かではないがな」
「そうですか……」

 緋真はそれ以上詳しく訊こうとはせず、縁側に手をつけてゆっくりと立ち上がった。そして先程の白哉のように、ひょいと彼の手から写真を取り返す。

「なっ……」
「これは私の宝物のひとつにします」

 そう言って、緋真は大事そうに写真を胸に抱える。油断していたとはいえ、あっさり写真を取り返されてしまったことで、白哉は自己嫌悪に陥った。

「緋真、返せ」
「それはできません」
「そのようなもの、いらぬだろう」
「いいえ、私にとっては何よりの宝物になります。こうして私の知らない白哉様を見ることができるのですから」

 そんなことを愛する妻から言われて、それ以上「返せ」などと白哉に言えるはずがなかった。結局その写真は、今も緋真の手元にあるのだ。




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写真越しの貴方

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