テーアルーシカの竜の子の話


 昔々あったという。まだ人間が他の動物をよく知らなかった頃のことだから、『尻尾と鱗の住む山』に踏み入ったその子供は、もちろん今出会った生物が竜であると知らなかった。
「尻尾と鱗の大蜥蜴だ。」
 細く堅く輝く鱗をナイフにしようと、子供は竜に近寄った。彼が怖れず近付けたのは、竜が狐ほどに小さくしなやかだったから。
 竜は逃げるでもない。にじり寄られ、手を伸ばされる瞬間まで待ってから、大きく口を開けた。それはそれは大きく、少年も口の中で一休み出来そうならほどである。
 口を開いたり閉じたりさせながら竜が言うには、
「腕一本となら代えてやらんでもない。」
 少年は大いに驚いた。先ず意思の疎通など出来ないような相手に口をきかれたこと、相手は自分を人間だと知っていたこと。少年は迷ったが、竜の申し出を丁寧に断った。それから相手を知らぬことを恥じた。
「そうだな、少し仲良くなったなら、腕と鱗の何枚かは代えてやる。」
 実際その鱗は彼が持つどんなナイフよりもよく切れた。だから、
「そんな力が必要になったなら。」
と言ってその場を去った。
 戯れに過ぎないが、竜も人の持つものを欲しがった。
 そしてそんな時は来るものだ。二人は互いの持ち物を交換し、それぞれの陣に付いた。

 人と竜の大喧嘩のうちに名を轟かせたのはそれぞれの総大将だが、英雄の話もちらほらと知られている。
 この二人も記録に残る活躍をしたが、種の存続に命を燃やした英雄豪傑の中に並ぶには異端だった。思想が微妙に違ったからだ。
 彼らはどちらかを絶やすのではなく融合を示した。そのために戦況を引っ掻き回し、時には味方をも敵に回した。

 そして今も隠者が尻尾と鱗の山や谷に住むという。人の腕を操る竜と、鱗のナイフの伝説である。
 二つの種族の間には最早語る言葉は無いが、かつての約束を生かすものがいるのだ。

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