「あの…さ、」
状況に話すことすらも躊躇われる。
状況と言うよりも自らに覆い被さる彼の表情。
怒りの様にも感じる無の表情。
なにがそうさせたのか原因が思い付かない名前は困ったように眉をひそめた。
「一郎太…わたしなにかした?」
頭の上で固定される手首が痛い。
こんなに強い力で拘束されなくてはいけない理由が本当に分からないのだ。
「分からないのか」
「…うん、」
手首を掴む力が少し強くなった。
と、
唇に熱を感じた。
それから直ぐに風丸の唇だと気づく。
「んんっ」
怖い。分からない。ただ怖い。
自然と溢れ、流れ落ちる涙に顔を離した風丸は小さく驚く。
「ごめっ…本当に、わからなくて…」
こぼれる涙は止まることを知らず、話すことを遮る。
「…わたし、一郎太には、嫌われたく…ないよ、」
つっかえながらも一言一言を伝えるが、顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「…俺が悪いことしたみたい、いや…そうだな」
伝う涙を指で掬い風丸はそう呟く。
「ごめんな、」
悲しげに眉を寄せて優しい声。
「俺の嫉妬だ」
「嫉妬…?」
なんでも、練習中に入らなかった技が決まり、名前は円堂に抱きついていたという。
もちろん、無意識のことだ。
「嬉しさのあまりに無意識だってことは分かってる。でも、なんだかお前が離れていく気がして…辛かった」
そう言い名前の頬を撫でて再びごめんと謝った。
言葉の通り、辛そうに顔を歪めて。
「ごめんね…一郎太のこと不安にさせちゃって」
ようやく解放された手首は軽く赤くなっていた。
風丸はおもむろに名前の腕を掴むと、赤らむ手首にそっと口付けを落とす。
「お前が謝ることじゃないさ」
「でも、わたし…」
尚も謝ろうとする名前の口を風丸の唇が塞ぐ。
「名前はいつも俺のこと想ってくれてるって、分かってたのに。なに不安になってんだか」
自らを嘲笑うのは彼の悪い癖だ。
とても綺麗に笑える彼がそんな笑い方をするのはどうも辛いものがある。
「でも、分かった」
サッカーをする時とはまた違う、真剣な目付きに変わった。
「俺は名前が本当に好きなんだって」
両手で頬を包みながら綺麗に微笑んでくれる。
好きな笑い方。
「一郎太、わたしも好き。大好き」
名前から風丸の唇に触れるだけのキスをする。
「誓いのキス、ね」