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――ねえ君、もうちょっと可愛い顔はできませんか?
プラスチック製のコップに突き刺さしたストローでガラガラと氷をかき回しながら、そんな思いと一緒にミツチは中身を啜(すす)った。
よく冷えたミルクに溶けて消える思い。周りは気恥ずかしそうに手を繋いでいるカップルばかりなのに、どうして自分はこんなに無愛想な女と一緒にいなければならないのだろう。
向けた視線の先、椅子の上で方あぐらをかき、誰かに命を狙われてでもいるのか猫背でハンバーガーを豪快に咀嚼(そしゃく)しているミズチの様子は、男らしいというよりもがさつだという印象を与える。
割と近い血縁関係と『ミツチ』と『ミズチ』というよく似た名前のせいで、小さい頃はよく彼女と間違われていたことをミツチはふいに思い出した。今でも名前はよく間違われるが、外見は男と女という明確な違いからわかる。昔はもっと女の子らしかったよな……と、思わず溜め息が出てしまうのを止められない。
「何じろじろ見てる、変態」
酢漬けのキュウリをハンバーガーから抜き取りながら、薄青の瞳を不快に細めて彼女は言葉を紡ぐ。
「はいはい、俺は変態ですよ。わかったから、とりあえず女の子らしく座れよ。ほら、あんな風にだな……」
諦めたようなまなざしをしたミツチが指さした先には、可愛らしくちょこんと椅子に座り、ドーナツを一口サイズに千切って食べているベルの姿。それは小動物的な可愛さを辺りに振りまき、思わず和まずにはいられない。
「……」
眉間にしわを寄せ、渋々というより面倒臭そうにミツチの指を追っていたミズチだが、ふいにその表情が融解した。普段口数の少ない彼女の口から、まるで打ち寄せる波のように次々と言葉が飛び出してゆく。
「ああいつ見ても、ベルは可愛い。砂糖菓子みたいで、とってもすごくおいしそう。もしベルに手を出すやつがいたら小さい箱に詰めて、そのままガムテープで梱包して、もちろん少しだけ隙間をつくって、その後黒いゴミ袋に入れて、ヘドロの中に捨てる。それから助けてと言う声を聞きながら……」
神妙な顔つきで呟やいていたミズチの横っ面を、ミツチの容赦のない突っ込みという名の手がひっぱたいた――が、ぱしんといい音をさせたのは頬ではなく、女性の手にしては逞(たくま)しすぎるミズチの手の平だ。その瞳の中で揺らぐ薄青い炎、思考という名の妄想を邪魔されたことに対する苛立ち。
はっとなる彼をよそに、ミズチは少しだけ爪を立てるように手の平の皮を摘み、そのままひねり上げる。見た目には全く痛そうに見えない、やられている方からすれば悶絶するほどの激痛を生む残虐行為に、ベルの前で上品に紅茶を飲んでいたチェレンの柳眉がひそめられた。
カノコタウンを出るときに交わした約束通りライモンシティで合流し、遊園地で楽しい食事会……のはずだったのだが、現実は非情なまでの光景を晒している。
静かな怒りに燃えるミズチ・何が起こったのかわからず、きょとんとしているベル・諦めの境地で溜め息をついたチェレン・テーブルに突っ伏して痛みに耐えるミツチ。どう考えても和気藹々(わきあいあい)という雰囲気ではない。
「ねえ、チェレン……どうしてミズチは怒ってるの?」
「どうせまたミツチがいらないちょっかいを出したんだろうね。ただでさえ機嫌が悪いってのに、ほんとバカじゃないの。ベルは気にしなくていいよ」
機嫌が悪いのはきみと一緒のテーブルに着けなかったせいだろうけど、という言葉を押し込め、チェレンは冷めてしまう前にカップの中身を口に含んだ。その言葉に安心して席に着くベルを見ると、カノコタウンではこれが日常茶飯事であったことがわかる。
「もーやだ、お前みたいな無愛想女と一緒にいるなんて! これ以上! 耐えられない!!」
「それは私の台詞、なにが悲しくてあんたみたいなスポンジ頭と」
冷ややかな視線を受けながらミズチはコップの水を一滴残らず飲み干し、乱暴にテーブルに叩きつけた。一触即発、和やかだったはずの空気が張り詰めてゆく。
「……ふーん、やんの? 別にいいけど」
全く変わっていない二人の様子に小さくチェレンは肩をすくめ、あれとぼくは関係ありませんよ、とでも言うかのように財布を取り出した。いくら出せば区切りよく釣り銭が帰ってくるのかを考えながら、眼鏡越しに三人のやりとりを見つめる。
「やめなよ二人とも、ケンカはめっ! めっ、だよ!」
「よし、やめよう。今から私とあんたは仲良し、いま決めてすぐ決めろもう決めた」
「えっ。あ……ああ、うん。やっぱベルって凄いな……っていいいいいいいでででっででででで!!」
若干引きつった不自然な笑いで握手を求めるミズチ、万力のような力で握りしめられて苦しそうなミツチ、呆れたまなざしのチェレン、そして頬をふくらませているベル。この四人は同時期に生まれ、同時期にカノコタウンを旅立ち、その年とほぼ同じ時間を過ごした間柄だ。
従兄弟同士だという二人が騒ぎを起こし、それに巻き込まれる形で被害を被ることが多いチェレン、最後にそれを止めるベル。繰り返されてきた日常、なにをやっているのだと思うより先に、ああまたかという思いが優先される。
「なにやってんだか……」
眼鏡を押し上げ、チェレンは小さく頭を振った。
――――――
「じゃあ、あとは自由行動、夕方に西ゲートに集合。……って感じかな。わからなかったことがあれば今のうちにお願い」
バッグの中から『旅行のしおり』を取り出してきそうな完璧な教師口調。新品の時計を指さしながらてきぱきと予定を説明するチェレンへと、気だるげな・からかうような・元気のいい三つの返事が帰ってくる。
そのうちの一人が口元に意地の悪い笑みを浮かべ、幼稚園児のように手を上げた。
「はーいデコ八せんせー、バナナは結局おやつとおかずどっちなんですかー」
「質問はないね、よし解散!」
おい無視すんなよ――そんな呟きを背中に受けながら、ベルが不満げな顔をしているミズチの腕を遠慮がちに引く。相手の頭頂部で揺った茶髪が揺れ、薄青の瞳を丸くさせているのが見えた。
「どうしたの、いきなり」
口元には柔和な笑み、紡がれた言葉は本当にこの少女が発しているのかと思うほど優しい響きを伴っている。引き止められ、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「確か、ベルは親睦を深めるためって、ちーと一緒に回るはずだったんじゃ」
「……だったけど、ケンカした罰としてミズチはあたしと一緒、ミツチはチェレンと一緒に回ること!!」
「待って、罰なのはぼくとミツチだけじゃないか、それ……?」
「まちがいないな、片方が無愛想女とはいえ、女の子二人だったらそりゃ見た目もいいし楽しい。それに引き替え、俺とチェレン? 冗談にしろ本気にしろ、罰としてはひどいと思うんだ、すごく割と本気で」
ギロッという擬音が聞こえてきそうなほどの眼光が、不満を述べる二人を射貫いた。氷でできたナイフのようなそれに負けじとにらみ返したものの、ベルの朗(ほが)らかな声と存在に全てが溶けて消える。
「だーめ、もう決めたんだから。それにチェレンは止めないで見てたんだから文句言わないの、ミズチはこんなに素直なのに、ねえ」
「あんた達はもっと素直になるべき」
「お願いですからミズチさんは黙ってて下さい、俺からのお願いです」
恐らくベルは遊園地は『男女で回るのが一番楽しい』と本気で思い込んでいるため、同性で回ることイコール罰だと考えたのだろう。ミズチにとってはご褒美以外のなにものでもなかったが、ミツチとチェレンにとってはこの上ない罰だ。
「……わかったよ、ベル様の言うとおりにしまーす」
ベルも頑固なもので、一度こうと決めたらなかなか譲らない。彼女たちの怒りに触れないうちに、黙って頷くのが最良の選択だろう。ひまわりのように笑い、ベルが手を振って脱力する男二人から離れた。
「さて、どうしよう……とりあえず回るか、チケット代もったいないし。男と一緒とか気は乗らないけど。これなら無愛想でも、野生児でも、たとえ暴力女でも、ミズチの方が女の子なだけ良かったかもなあ。でもま、仕方ないよな。ケンカした俺が悪かった。そうだよこれは罰なんだから楽しくないのは当たり前なわけで――」
幸せそうに歩くミズチの背を見送りながら、ミツチの悲しい自己暗示が空に溶けて消えてゆく。
「どうしていつもぼくはこんな役回りなんだ……!」
さらにその背後、頭を抱えたチェレンが地の底から這い出るようなうめき声を漏らした。
――――――
主人公ズと幼馴染みあわせてわくわく4が合流したよ。
2010/10/23
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