As you like it [2] | ナノ
As you like it [2]

 言いたいことは数え切れないほどあったが、一般的に機械的な≠ニ、形容される動作を思い浮かべて貰いたい。正確にして精密、そして迅速――どこにも不備がなければの話だが。
「ねーえ、まだ終わんないの?」
 椅子から投げ出した長い足を交差させ、彼の片割れことクダリがあちこちに置かれた時計の一つを指さした。カチコチと時間を刻む針が示す午後十時三十二分、不満を漏らしてしまうのも無理はないだろう。
「ええ、見ての通り。少しぐらい手伝っていただけると助かるのですが」
 眉一つ動かさず手を休めることなく紡がれた言葉はいつもより早口で刺々しいものだったが、それとは対照的に[書類へのサイン(シゴト)]は電池が切れかけた機械のように遅い。ただし怠けている訳ではなく、一枚一枚を丁寧に書きすぎて結果的に遅くなっているだけなのだが。
「それと、先に帰っていただいても結構です、と、わたくし最初に言いました」
「厳しいこと言うなあ。ぼくは思うわけだよ、寂しいとかそういうの駄目だって。そりゃ君は平気かもしれないけど、ぼくがそういうの嫌だなあと思うわけ。とってもすっごく本当に」
「……はいはい、下らないこと言ってないで室内の清掃にでも勤(いそ)しんでらっしゃい。終わる頃にはわたくしの方も終わってるはずですから」   
「下らなくなんかないよ、ノボリの馬鹿」
 真っ白な書類の上で踊っているようなサインを見ながら、クダリが子供のように頬をふくらませる。向ける視線に含まれているのは手伝ってやりたいのはやまやまだけど、君の字は個性的だから真似できないんだよね≠ニ、いう思いやりの心。
 ただ怒らせるから言わないだけだが、それでも相手を気遣う気持ちが少しでもあればそれは立派な[思いやり]だ。そんなことを言い聞かせながら、ゴミ箱に試し書きされた紙たちを放り込む。
 実のところ、ノボリがやっている仕事は難しいものでもなければ量も少ない。普通にサインすればいいのだが、彼がとても丁寧に書かなければサインと認められない≠ルどの悪筆の持ち主で予想外に時間を食ってしまった、という訳だ。普段の立ち振る舞いや外見からは想像も付かない、まさに特徴である。
「相変わらず君の字は汚いね」
 清掃に早々飽きたのか、サイン済みの書類を部署別に分けしながらクダリが言う。普段から彼――ノボリが悪筆を直そうと必死で努力しているのを見ているが、どうやら実らないタイプのものらしく、一向に成果が現れる気配はない。
「……はあ。まったく相変わらずですね、あなたも」
「あれ、いつもならだまらっしゃい!!≠チて怒るのに。めっずらしー、どうしたの熱でもあるの? それとも道ばたに生えてる系の変なキノコでも食べちゃった?」
「ふふふ、あなたが普段わたくしをどう思っているのか分かりました。正直、怒鳴ってやりたいところですが、わたくしは今とても気分が良い。今日のところはあなたの暴言を聞かなかったことにして差し上げます」
 それからペンのキャップを閉め、引き出しから取り出したウェットティッシュで手や指についたインク汚れを拭き取りながら『終わりましたよ』と、片割れへ告げる。
「うわあ、お口元ゆるっゆる。仕事中もバトルの最中もギリギリラインの愛想しかなくて、手加減のTも知らないからクダリさんクダリさん、もしかしてノボリさん機嫌悪いんですか?≠チて聞かれちゃうようなノボリさんがいったいどうしちゃったのか、クダリさんとおっても気になるなあー」
「まったくあなたは相変わらず失礼な人ですね。それではまるでわたくしが働く機械のようではありませんか」
 彼の第一印象は触れてしまえば切れてしまうほど鋭く、冷たい光を放っている金属細工の鳥――私生活を覗けばそれが大きな間違いだと気付くのだが、ノボリが自分から言わない限り他人がそれを知ることはないだろう。
 気にしていないと言えば嘘になるが、どうすればいいのかも分からないことに時間を取られるのも癪だ。早々にその思考を切り上げ、片割れに対してこれ以上ないほど機嫌の良い声で告げる。
「そんなに聞きたいのなら仕方有りません。わたくしが描いた宣伝用のポップがあったでしょう?」
「ああ、溶けかけの原色のシビビールとバラバラ殺人事件みたいな感じになってる奇抜な色使いのシンボラーが茶色と灰色の液体を吐きながら戦ってるみたいな意味不明かつ見ているぼく達の方が不安になっちゃうあれだね」
「だまらっしゃい」
 口元から笑みを消し息継ぎ無しで言い切ったクダリに対し、膝の上のほこりを払いながらノボリは静かに告げ、そのまま戸締まりを確認し始めた。それから、つまらなさそうに肩をすくめた片割れに『電車と乗客の絵です、お間違えなく』と、付け加える。
「選ばれ無かったとはいえ、捨てるのは忍びないとダストシュートの前で葛藤している時でした……わたくしのポップを見るやいなや、そのお方は『それ捨てちゃうの? 僕のセンサーが反応してるんだけど、良かったら譲って欲しいなあ』と、仰ったのです。どうやらいたく気に入ったご様子で『なんなら買い取るよ、幾らだい?』なんて。わたくしの情熱が伝わったようで嬉しく……ああ、思い出しただけでも顔が緩んでしまいます」
 呆れてものが言えないのか、それとも言っても無駄だと思っているのかクダリが深く長い溜息を吐いた。嬉々として語る片割れとは対照的に、彼の心は急激に冷めていく。それは予想に過ぎないが、ほぼ正解に近い。恐らく[それ]はノボリを手ひどく傷つけるだろう。
「と言うわけですので、早く帰りましょうクダリ。今ならある程度のわがままなら聞いてあげられそうな気がするのです」
 機嫌がいつも悪いとは言わないが、ここまで機嫌が良いのも珍しい。脳内会議の結果黙っておくのが最も良い≠ニいう結論に達し、クダリはいつものようにノボリへと緩く笑いかけてからコートを羽織った。

 その後ただの広告だったポップが全く新しい価値観を持った美術界期待の新星!≠ニ、雑誌で紹介されていたのを見てノボリは吸えもしない煙草を購入し、涙目でむせているところをクダリに発見され駅員が止めに入る事態になったことは一般人に知られていない――このことは心の内に秘め一刻も早くすみやかに奥底に捨て置いてどうかこのようなことは無かったのだとお忘れになられますよう心からお願い申し上げます。

――――――

つまり……その、天は二物を与えずと言いますし。

2011/10/06
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