End-No.9:狂い咲くイノセント | ナノ
End-No.9:狂い咲くイノセント

 悲しい、と、風がなく。
 違うか、と、小さく呟く。
 
 先ほど父様が仰(おっしゃ)った言葉が繰り返し再生され、ボクの全てを塗りつぶすように、頭の中をぐるぐる♂る。
 
 それは鋼のように硬く、研ぎ澄まされた刃のようで。けれど目には見えないものだから、傷ついて血を流しているのは体ではなく、心の方だと思った。

 悲しい、とか。辛い、とか。そんな感情が置き去りにされたように、ただ寂しく思う。麻痺しているのだと言われた、けれど。そんなことじゃない、と、思った。から、ボクは『寂しい』と。壊れかけた機械のように、何度も口にしていた。

 ずっと慰められていたような気がするが、思い出せない。それほど時間は経っていない、はず、恐らく。それでも思い出すことができないのは、“思い出す必要もない”と、聞き流した程度だということなのだろう、と、思った。

 諦めたのか呆れたのか――もしくはその両方か。ボクが本物の英雄にしてしまった彼は、苦虫を口に含んでいるかのような顔で軽く左右に首を振って、それから小さな小さな、聞こえないくらい本当に小さな声で『カワイソウナヤツ』と、言った。

 違うと否定するだけの根拠がなく、彼の言葉が、まなざしが、態度が、そうに違いないと物語っている。可哀相ではない理由を探そうとしたけれど、結局見つからず、仕方なく『そうだね、キミの言うとおりだ』と、緩く笑みを作る。

 どうしていいか分からないときに、どうしていいか分からないのを悟られるような顔をしないように、と、教育されてきた――だから、そうしただけのこと。けれど、彼はそれがお気に召さなかったらしい。ボクにも聞こえるように舌打ちしてから、踵(きびす)を返した。

「そうか、ボクは可哀相なのか」

 ぽつり、と、思わず口にしてしまった言葉。去っていく彼の歩みを止め、沈黙を生む。

 あの人、アデクとかいうチャンピオンの人はボクが自由になった、と、言った。だから自分の好きなようにしていいのだ、と。今更そんなことを言われても困る。とても、とても。

 ボクは、ボクのしたいことをずっとしてきた、と、思うのだけれど。もしかしたら違うのだろう、か、と思ったりしていた。

「そんなこと、思ったこともなかったから」

 ボクは父様が全てだった、から。それに、約束してくれた――ボクのしたいことと、父様のしたいことは途中で交わるから、と。だから、父様の言うとおりに従っていれば、ボクの夢も叶うはず……だった。

 約束を破ったのは、きっとボクの方だ。あれだけお膳立てして貰って、最後の最後に失敗して、滅茶苦茶にした。
 
 舞台俳優はこぞって逃げだし、脚本家はシナリオを破り捨てて去った。舞台に残ったのはボク一人、立つことすらままならない。ライトが消え行く中、無様に座り込んだまま動けないでいる。

 父様はあの時、ボクのことを要らない≠ニ、仰った。ボクがしたいことは、ボク一人の力では成せる物でもなく、ボクは人の心がないバケモノだからどうすれば他人の心を掌握できるのか分からない――完全に、手詰まり。

 したいことを考えたとき、たくさんありすぎて選べないときはどうすれば良いのか≠ニ、彼に聞いた。そうすると、彼は相変わらずボクに背を向けたまま『今一番したいことをすればいい』と、だけ言った。
 
 ボクは、キミにとって大切な人では無くなったのか、と。その後ろ姿を見つめながら、痛い、も、辛い、も、どちらも感じなかった。でも。ただ、寂しい、と、思う。

「キミは名実共に英雄になった。最早、誰も疑いはしないだろう」

 話しかけても彼は振り向いてはくれないし、再び歩き始めてしまった。それでも、ボクは言葉を作り、発し続ける。それはただ、ボクがしたいことを上から順に行っているだけのことだ、けれど。 

「――手始めに、ボクを救ってみないか?」

 息を、吸う、吐く。心臓がどくん≠ニ、鳴る。

 それから、数拍おいて彼が言う。
 まるで、ため込んだものを一気に吐き捨てるように。

「冗談じゃない、お前のせいで俺の人生滅茶苦茶だ。結局お前は壊れたまんまで、俺がどんなに頑張っても、もう無理なんだって――思い知らされるだけだった! ふざけたこと言ってないで、お前の好きなようにすればいいだろ! もう、これ以上俺の人生に入ってくるなよ……!!」 

 初めて。
 痛い、と、思った。
 辛い、と、思った。

 胸の傷が開いて、ぽたり、ぽたり、と、滴が落ちる。けれど、彼は気付かない。気付かせてはいけない、振り向かせてはいけない――決して。

 一番したかったことはできなかった、と、いう結果。だから、二番目にしたかったことをしよう、と、思って。ボクも彼に背を向けて、ゆっくりと歩き出した。壊れて砕けた玉座の破片を踏みつぶしながら、うずくまって泣きたい気持ちを抑えながら、ゆっくりと一歩、確実に一歩、少しずつ。

 ふと、後ろで聞こえるはずの足音が止んでいることに気付いた。けれど、それが何だと言うのか。もう一番最初にしたいことはできなくなってしまったから、皆の言うように、彼が言うように、したいことを好きなようにする≠セけだ。

 太陽の光が目を軽く灼(や)いて、空の青が痛いほど眩(まぶ)しい。今日はとてもいい天気なんだ、と、そんな場違いなことを考えた。光は目を灼くから好きでは無かったけれど、こんなに暖かいものなら悪くない。

 レシラム、ボクが目覚めさせた伝説の白い龍。ボクを英雄と認めてくれて有難う、でも本当の英雄は彼の方だった。それが彼らの、そしてボクの選択。

 だから『間違いなくアナタもそうなのに。わからない、どうして一人でないといけないの』なんて、そんな悲しい声で言わないで。それはボクが勝手に決めたこと……そう、ボクが自分で決めたことだから、殉死する必要なんてない。

 キミはキミの好きなように生きればいい――ああ、この好きなようにしろって結構酷い言葉だね。一緒に歩んで言ってくれるのならまだしも、無責任すぎたかも知れない。でも許して欲しい、これがボクが二番目にしたいことなんだ。

「ボクは、ボクのしたいことが見つかったよ」

 終わりまで後一歩、と、いうところで彼の方を振り返る。やっぱりまだ後ろを向いたままで、ボクの方を見ようとはしていないけれど、立ち止まってくれているところを見ると、何か感じるものがあったのかな。そうだといいな、と、少しだけ思う。

 それから、立ち去ってくれていれば、こんな酷いことを言わなくて済んだのに、とも。

「今更、なのだけれど。聞きたくなかったら聞かなくてもいいんだ」
 
 喉が渇く、言葉を形にすることがここまで大変だとは思っていなかった。
 彼は動こうとしない。時が止まったような――それは間違いなく錯覚。言うまでもなく、憐(あわ)れな。

「……あのね」

 声に涙が混じる。あれ、今、ボク泣いてる? 涙なんか涸れたはずなのに、おかしいな。苦しいな、辛いな、痛いな。でも言わなくちゃ。言うなら今しかない。

 だって、これが最後だから、と、息を吸って、ゆっくり吐いた。
 十四秒ほど置いて、静かに告げる。

「キミのこと、好きだった――少しだけ」 

 最後に見た彼は、一瞬、とても驚いたような顔をして。
 それから、泣きそうな顔でこっちに走ってくるところだった。

 よかったね、これでもうボクはキミの人生に関わることはないよ。
 これが、ボクが二番目にしたかったこと、だから。

 一番目にボクがしたかったことは、もう叶うことはない、と。
 さっき知った、からね。

 サヨナラ、と、ひとことだけ言って。
 一歩、後ろに、下がる。

 終わるまでの十数秒、ボクにとっては十数分。IF(もしかしたら)の世界を考えた。

 少しだけ幸せな気分になって。
 それから、泣きそうなほど悲しくなった。

――――――

地面に咲いた あかい あかい 華。

トウヤが最初に迎えた、始まりのED。


2011/09/03
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -