End-No.8:終末トランペッター | ナノ
End-No.8:終末トランペッター

 頭の中で囁かれ続けた助けて≠ェ高らかに奏でよ≠ノ変わった時、ボクがあんな能力を持ったのは何故かを理解した。

 息を吸う、瞬(まばた)きをする、指で髪を梳(す)く――そんなたわいもない動作をする間に、命がひとつ、またひとつと消えていく。性質からして全く違うというのに、思わず同じことだ≠ニ、錯覚してしまいそうになる。

 物事の終わりとはいつでもあっけなく、解け崩れていくようだ。
 静かで寂しいと書いて、静寂。そんなことを考えながら表面の塵埃(ちりぼこり)を軽く払い、浮かない顔をしている彼の隣に座った。視線を向けた先、深い海のような色をした瞳が細まる。

「どうしたの……とは今更だけれど、辛そうだね」

 基本的に、理詰めをする人間は根拠のある言葉に弱い。
 
 どちらが合理的であるかを説いてやれば、簡単にこちら側の人間になる。これは正しいことである≠ニ、そう思ったが最後、何があってもその意志は変わらず――あるいは変えられず、死ぬまで突き進んでくれる。
 
 つまりは、彼のような。

「やはり止めておけば良かった――と、でも思っているのかな」
「……少しね。でも、きみがしたかったことなんだろうって」

 作った笑顔が崩れそうになって、慌てて心に耐えろと言い聞かせた。どうすればいいか考えに考え抜いた結果、父様ではなく彼を選んだというのに。

 愛されているのだと言い聞かせていただけで、実際はそうではなかった。恐らく知らずにいた方が幸せだったのだろう……が、既に引き返せないところまで踏み込んでしまったのだから、今更どうのこうのと考えても仕様がない。

 けれど、彼はボクを愛してくれているから。
 
 ボクが壊れることなくこうしてここにいることが出来るのは、そのおかげだ。そう思える程度の、陳腐(ちんぷ)な響き。決して裏切ることもなく、自分を全肯定してくれる存在というのは予想外に心地が良い。

「世界が終わるときは、もっとやかましくて恐いのかと思ってたから」

 いつもより低い掠(かす)れ声、不安げに揺れるディープ・ブルーの瞳――そんな彼を安心させるよう緩やかに笑み、それから針のように告げる。

「違う、世界の全てが終わるんじゃない。終わるのはボクたちヒトだけだ」

 ゆっくりと考えた結果、ヒトは必要無いということに気付いた。極論であるとは思ったけれど、いくら考えてもそれ以外の方法を思いつかなかったのだから仕方がない。

 心ないヒトに対する憎しみや恨みといった淀みは溜まり続け、やがて許容範囲を超えて溢(あふ)れ出す。その境界線の上に立っているのがボクのような能力者であり、終わらせるに値するかを計るために用意されたいくつかの存在――つまるところ、計測器のひとつ。

 頭の中で反響する高らかに奏でよ≠ニいう声。ボクはヒトに対してあまり良い感情を持つことができなかったから、こうなって当然だとすら思える。

 それよりなぜこんな簡単なことに気付かなかったのだろうか、と、手元に視線を落としながら思う。彼らはボクたちよりもずっと強く、ボクたちはこんなに弱い生き物だというのに。
 
「……そして[カミサマ]は終わらせた後、新しくヒトを作る。何度も、何度も、今までも、その繰り返し」
「ずいぶんと寂しいことをするんだね、その[カミサマ]ってやつは」

 笑おうとして失敗したのを隠すように彼がボクから視線を外す。その先にあるのは雲ひとつ無い空――滅びるにしては穏やかすぎるほど澄んで青い。

「……キミが側にいてくれて良かった。そうでなければ、ここまで上手くはいかなかっただろうから」

 彼はボクが望むがまま、求めるがままに従い寄り添ってくれていた。そのことを心地よいと思うことは事実だ。……恋は盲目という言葉があるけれど、それが本当だとしたら、ボクが彼に抱いている思いは恋ではない。最後の一時を過ごしたいと思うことはあっても、本来の目的を忘れるほど夢中ではなかったから。

「今更だけれど、本当にありがとう」

 終わるまでのわずかな一時、自分の心が勘違いを起こしてくれないだろうかと願う。
 そんな奇跡は起こるわけがない――そう思うほどだと理解している。

「キミを愛することは出来なかったけれど、感謝してる」
「まったく……嘘でもいいから、こういう時ぐらい愛してた≠チて言えばいいのに。きみらしいと言えばきみらしいけど、今ぼくが泣きそうなほど辛いことが少しでも伝わると良いな」
「ごめんね。でも、キミにだけは嘘を吐かないって決めてるんだ」

 だから、と。

「来世まで待ってくれないかな、努力はしてみるから」
「そう、なら期待せずに待ってるよ」

 緩やかに笑い、ふたり静かに目を閉じる。
 重ねた手だけが暖かく、心地良かった。
 
「来世ではよろしく、N」
「来世でもよろしく、チェレン」

 ボクは非道い人間だったけれど、それでも側にいてくれたキミは嫌いじゃない。

――――――

誰も彼も裏切って、手に入れたのは小さなぬくもりとはじまり。
2011/08/21
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