sick,shock,snowy. | ナノ
sick,shock,snowy.

 喉を痛めないようにとストーブの上に置かれたステンレスケトル。熱い蒸気を吐き出すそれを手に取り、マグカップの中にゆっくりと湯を注いでいく。薄い黄色の良い香りのするゆず茶を作り置き、洗面器を手にベッドの方へと向かう。
 付けっぱなしのテレビ、ニュースキャスターが淡々と伝える降雪によって生じた様々な障害の情報――交通機関の乱れ、普段見られないポケモンの大量発生、中止になったイベントの数々。
「どこも今日は大変ですね」
 だが所詮人ごと、目の前に立ちふさがった……というより持ってこられた障害と比べると、[些細な]事として片付けられてしまう。
 差し出された体温計に表示されている数値は昨日から全く変わっておらず、まだ熱が下がっていない現実を彼……ノボリに教えていた。仕事で負ったストレスとプライベートでも負うことになったやっかいごとに、思わず溜息と同時に小言が口を出る。
「犬は喜び庭駆け回り、その後は風邪ひきうなされる。ああまったく、素直にわたくしの言うとおりにすれば良いものを。……あなたときたらいつもそう、結局わたくしが負い目を――」
「うんうん。ノボリの言うとおりだよ、そうだねー」
 パイプベッドの上、頬を紅潮させたクダリがにへら≠ニゆるく笑い、薄く青みがかった瞳をへの字に唇を引き結んだ片割れへと向ける。熱がひどいのか焦点も定まらない様子で、見ている側に与える印象は本人が思っているものとは正反対のものだ。
 その様子に病人を責めても仕方がないと思い直したのか、溜息と謝罪を押し込めるようにノボリはよく冷えた濡れタオルを片割れの額の上に置いた。変えるついでに温くなった方のタオルで寝汗を拭ってやり、心地よさに目を細める片割れの頬を手の平で軽く撫でる。
「ごめーんね」
「だまらっしゃい、心のこもっていない謝罪ほどわたくしの心を逆撫でするものもないのですから」
「病人相手に怒っちゃやーよ。ほらノボリ、スマイルスマイル。ってそうか、ダイヤが守れなかったからスマイルにもなれないか、うっかり」
「はあ……減らず口叩いてないで安静になさい」
 デジタル時計が指し示す午前一時二十二分、眠気はそれなりにあったがまだ具合の悪そうな片割れを放置して自分だけ寝るわけにはいかない。かといって、徹夜すれば仕事に差し支えるだろう。今日が今日なだけに、明日は忙しくなりそうだ。
 考えれば考えるほど上手くいかないことばかりで、苛立ちばかりがたまっていく。
「……まったく、これだから莫迦は困ります。何とかは風邪を引かないというのは迷信ですね、わたくし再度理解いたしました」
 同色の瞳を細めながら絶対零度の冷たさで言い、片割れがもたもた≠ニ口を開く前に洗面器の中にタオルを放り込み、椅子から立ち上がった。
 そのついでに付けっぱなしだったテレビの電源を切り、冷蔵庫の前に貼り付けてあるメモに視線を向ける。豆腐の消費期限、ゴミ出しの日、献立のリクエスト。小綺麗な字で書かれたそれらの全ては寝込んでいる片割れが書いたものだ。
 ノボリという人間は人の目に触れるような場所では潔癖性と思われるほど几帳面ではあるが、その実プライベートは[ずさん]である。その証拠に自室は人に見せれたものではないし、ペットボトルを出し損ねて二袋ほどキッチンの片隅を占領している上、置きっぱなしの食器は乾いて汚れがこびりつき……という、これ以上言葉にするのが躊躇われるほどなんとも無残な有様。
 どう思われても、たとえ間違っていると言われようと洗い物や掃除をするのはわたくしですし――ひとりそんなことを思いながらノボリは冷蔵庫を開け、よく冷えた白桃のシロップ漬けを皿の上に取り出してフォークの代わりに爪楊枝を突き刺した。
「ねえノボリ」
 それを持って来られたクダリの表情が明らかに曇り、傍に座る片割れに話しかける。熱に浮かされとろん≠ニした目と声、それでも言わねばならないと判断した結果の行動。
「流石にツマヨウジ一本で食べるのは、無理なんじゃない? ぼくは思うわけなんだけども、わかっててやってるんなら、つまり、これはそういうことなんだ。と。君ってたまにひどいことするよね」
「そういうこと、とはどう言う意味です? ……ああ、甘いものに目がないあなたがいらない≠ニ、言ってしまうほど具合が悪いと言うことですか。困りましたね、わたくしここまで甘ったるいものは頭痛がしますし……仕方ありません、捨ててきます」
「待ってノボリ、待ちなよ。なんて言うか、君って典型的な自己完結型人間だよね。自問自答、それがデフォルト。嫌いじゃないけど好きでもないなー。ま、そんなことどうでもいっか。ラップあるから、それかけて、冷蔵庫の中に入れておいてよ。元気になったら食べる」
「分かりました――それと。くれぐれも、わたくしに風邪をうつさないで下さいましね」
 とても失礼な発言があったような気がした……が。相手が病人だということを考慮し、気づかないフリをしてやんわりとノボリが言葉を紡ぐ。それに内包されているのは[思いやり]ではなく、仕事に穴を空けたことに対する咎めだ。
 薄目をあけていたクダリが『ああ、それなら大丈夫だよ』と、口元をゆるめるようにして笑う。さらに紡がれた言葉は包みも隠しもしない本心であり、他者……この場合は片割れであるノボリの心をすっぱり∴ユ々と切り裂いてしまうほど鋭かった。
「何とかは風邪ひかないってアレ、迷信じゃないから」
 それだけ言って、逃げるようにクダリが目を閉じる――ああ全く、可愛さ余って憎さ百倍にございます。

――――――

それでも可愛いとは思うのです。
2011/02/26
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