End-No.5:雨ところにより絶望のち平穏 | ナノ
End-No.5:雨ところにより絶望のち平穏

 しとしと、ざぁざぁ、ぽたぽた、パステルカラーの傘を雨が叩く。天気予報では十パーセントの確率で雨、チャンネルを変えたらどこも晴れ――なんて、その程度のこと。

 買っただけでまだ一度も使っていなかった傘をくるくる回して近付くと、ぱしゃんぱしゃんと水溜まりが跳ねる。まさかこんなところにいるなんて、まさかあんなことになっているなんて。

 この世界のどこかにいる神さまありがとう、あたしの夢がひとつ叶いそうです。

「いたい……いたいよぅ」

 子供のようにボロボロと泣く彼を見ながら、ふふっと可愛らしく笑って顔を覗き込んだ。痛そうだね、痛いよね。女と違って、男は滅多に泣かないものだもの。

 今日は雨だけれど、とってもいい日になりそうな予感。
 
 何となく頼りげがなくてフラフラしてて、いつかこうなるんじゃないかなって思ってた。それはだいたい当たってて、まさか今日だなんて。……多分あの崖の上から落ちてきたのね。落石注意の蜂色看板、落ちたのは人だったけど。
 
 ぬかるんだ地面に広がる髪の毛、カビの一種にこんな色をしたのがいたっけ。そこでやっと私に気付いたのか、彼の目がこちらに向けられる――まるで腐って淀んだ水の色みたいで、あたしは好きになれそうもない。

「たすけ……たすけて、救急……呼んで」

 ああ、やっぱり危ないんだ。コポっという音がして口の中から塊と一緒に血泡がこぼれ落ちる。もしかして周りがちょっと濃いのは血なのかな。
 
 爪が剥がれて痛そう。ご自慢の[トモダチ]はあなたを助けてくれないの? それとも助けたくないから助けないの? どちらにせよ、仲良くしてくれる子とだけ仲良くしていればいいの。ほとんどのポケモンはヒトが死のうと生きようとそんなのどうでもいいこと≠ネんだから。

 人の嫌がることばっかりするから、そんな目にあうんだよ。見えるでしょう、ほらみんなこっちを見てる。あなたが死ぬのをじっと待ってる――ね、棲み分けはちゃんとできてるじゃない。

 苦しそうだね、崖から落ちるなんて運のない人。でももっと運がないことは、見つけたのがあたしだったこと。

「ごめんねえ、あたしのこと覚えてる……訳ないか。チェレンやトウコや、あなたが大好きなトウヤの幼なじみだよ」

 あたしはみんなが好き、小さい頃から一緒にいてずっと変わらずにいれるって思ってた。でもね、みんなバラバラになってしまう。面白いって甘酸っぱいものじゃなくて、千切れてめちゃくちゃになってしまう類の。

「みんな大切なの。でも、いまは[ばらばら]になっちゃいそうなんだよねえ。あなたのせいだよ」

 トウヤが壊れてしまう前に 、チェレンもおかしくなってしまう前に、トウコが心を痛めないように。ここの土は柔らかいから、簡単に掘れそうだね。

「やめ、て……殺さな……」

 ざくっ、ざくっ、ザクッ。

「助けて父様、とうさま、父様、父様……たすけて、助けて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、たすけて、タスケテ、タスケテ、タスケテ、たすけてたすけてたすけてたすけて……」

 ばらばら、バラバラ、ばら。

「たすけて……たすけ……た……トウ――」

 上から土をかける度に声が上がり、何度も何度も助けてと言う。ダメだよ、あなたはあたしたちに、あたしに酷いことをした。きっとこれからも沢山の人を不幸にする、だからこれは神様からの啓示なの。全てがおかしくなるまえに、消しておきなさいっていう。

「バイバイ、永遠にい」

 トウコには理由が足りないし、チェレンは優しすぎるから無理かな。トウヤは間違いなく止める側だろうし、どっちが大切か天秤にかけそうで怖い。

 何時の間にか声が聞こえなくなって、最後に靴の裏で土を踏んで固めた。それからパステルカラーの傘をくるくる回しながら鼻歌交じりに道をゆく。
 きっと、これで何もかもが元に戻るだろう。

「――♪」

 人形劇は、ここでおしまい。

――――――

これ以上あたしたちを下らないことに付き合わせないで。

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