End-No.1:されど世界は滞りなく | ナノ
End-No.1:されど世界は滞りなく

 カンカンカンカン――踏切でよく耳にする音ではありますが、時と場合によってその音は全く別の音に聞こえることをご存じでしょうか。
 鳴り響くそれはまるで慰霊鐘(いれいしょう)のよう、いつもそう思います。
 
 汽笛証人はきちんと捕まえられたでしょうか、ダイヤはこれで何分乱れるでしょうか、わたくしそんなことばかり考えていました。

 これを不謹慎と言うのであれば、そうなのでしょう。今更これは違う≠ニ、否定もしませんしですが≠ニ、言い訳も致しません。
 ……一つ許されるのであれば、吐き、夢に見、うなされ、叫び、泣き喚いて、いつも鬱陶しいと思っている片割れの[大丈夫]という言葉に、数えるのも莫迦らしいほど何度も救われていたわたくしが居ました、とだけ。

 今は[またか]と、思う程度に慣れてしまったことですが。

 ザリ、と敷き詰められたバラストが音を立て、思わず足下に視線を落として後悔致しました。点々とした小さな染み、白い固まり。千切れ飛んだ体の一部がどこかに転がっているのかもしれません。まるで主を探してくれと言っているようで、ほんの少しだけ胸が痛みます。
 慣れているとは言っても、取り乱したりしないという意味ですので。

「ノボリー、そっち――どう? なに――ったら、すぐ――と――メ、だよ」

 と、胸ポケットに入れた旧式のトランシーバーから、ノイズまみれの片割れの声が聞こえてきました。電波が悪いのはいつものことですが、何を言っているのかぐらいは分かります。

「こっちは――うーん、ノボリ――れる? 台車――絡まって、こりゃあ酷いなー。そっちは新人に任せ――すぐ来て。ほんと――面倒――せめて――の時に」

 いつものように軽く言い、笑ってしまったのか『クダリさん、不謹慎ですよ!!』と、トランシーバーから片割れではない叫び声が聞こえてきました。職員の胃に穴が空いてしまわないうちに行きましょう。わたくしの胃はとうの昔に穴だらけになってしまいましたので、痛いと思う前にすり抜けてしまいますから。

 ……なるほど、これはわたくしに応援要請するわけです。というよりも慣れた者でないと[これ]をまともに[処理]できないでしょうね。肉塊、ミンチという言葉が生ぬるい気が致します。
 近くに寄ると血の臭いが鼻と目を刺すようで、職員の数名が真っ青な顔で吐き気を堪えるように……ああ、何人かブルーシートの影で吐いてしまっていますね。

 あと身を乗り出して見ようとする野次馬の皆さん、見物するのは別に宜しいですが、トラウマになっても知りませんよ。いちいち言うのも面倒なので、先ほど吐いていた職員にあちらを任せることにしましょう。
 
 ダイヤの乱れは心の乱れ、わたくし意外と気が短いのです。

「やっぱりプラズマ団なんてろくなやつじゃない。[これ]のことテレビで見たよ、担ぎ上げられただけの王様だって言われてた。せっかく解散して自由になれたのに、こんなことになっちゃってまあ」

 普通に死んでくれていたら良かったのですが、今回は台車に絡まるというイレギュラーな事態のため、わたくしたちではどうすることもできません。片割れもそのことを理解しているようで『最後まで他人に決められるなんて、本当ご愁傷様です≠チて感じ』といって無邪気に笑いました。

 台車に飛び散った血の赤、辛うじてあれは人間だった≠ニ教える長い黄緑色の髪。クリスマスを彷彿とさせるカラー、自殺者が増える嫌いなイベントの一つ。……まあ、そんなことはどうでもよろしいことでございますね。

「わたくし達には関係のない話です」

 もう、慣れてしまいましたから。

―――――

「背の高い奴が押されて落ちたんだよ、それで大きな音がして……」

 汽笛証人の発言を録音し、連絡先と名前を聞いて後日また話を伺いたいことをお伝えしました。どこかホッとしたような顔になったのは、間近で[あれ]を見てしまったからでしょう、不幸なことです。

 彼とは何度かマルチやシングルでお会いしたことがあり、顔見知りと言えば顔見知りですね。まさかこんな形で個人情報を得るとは夢にも思いませんでしたが。

 そのトウヤさんから『平気なんですか』と、問われて『こういったことには慣れていますから』と、お答えしました。嘘を吐いても仕方がないと思い、つい本心を述べてしまいましたが、体裁を考えてもう少しオブラートに包んだ発言をすれば良かったですね。

「車掌さんは凄いんだな……やなもん見ても[慣れ]で片付けられるなんて」

「それを心苦しいと思う内はまだわたくしはまとも≠ナあると言って良いのでしょうね。……ただ慣れてしまっただけで、悼(いた)んでいないわけではありませんから」

 茶色の髪をがさがさと荒っぽく掻き、トウヤさんは[あれ]を隠すようにかけられたブルーシートを見つめながら、長い長い溜め息を吐かれました。
 気丈に振る舞ってはいますが、声は震え、視線は落ち尽きなく右往左往、加えて顔面蒼白と、動揺しているのが手に取るように伝わってきます。仕方のないことですね、わたくしも初めはそうでしたから。

「どこの誰だか分からないけど、可哀相な奴」

 その言葉がわたくしの心にひどく響き、なぜか久々に泣きたくなってしまったのです。
 死傷者一名、良く晴れた日の出来事でした。

――――――

所詮人ごと、無関心という悲劇。

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