Quiet talk:Code ruler | ナノ
Quiet talk:Code ruler

 酷い頭痛がする。
 終わった後は毎回こうだ、と、額に触れた指の冷たさを感じながらトウヤは思った。
 自分が望んだとはいえ、流石に辛い。今回もまた駄目だった、そうやって溜息を吐くのも何回目だろうか。そんなことを思ってしまうほどの繰り返しを行って、すっかりささくれ立った精神は目の前にいる者へと苛立ちの矛先を向ける。
「よお、また死んだよ。今度は俺がNに刺された。どこで間違ったんだろう、今回はA2B3、C6……D7ときてE4それから……フラグは回収したはずなんだけど。ちゃんとベルの心は救っておいたし、トウコが邪魔しないようにチェレンとくっつけといたんだけどな」
 もう一度溜息を吐き、それから煙草(たばこ)を口に咥(くわ)えて手元を探る――が、今やっていることのように上手くいかない。
「あれだよあれ、Nが歪む原因のゲーチスをなんとかしたい。でも消したら消したで発狂してくれるし……。ゲーチスのプランを完全トレースして望みを叶えても、結局あいつは英雄にしてくれたことは感謝してる。キミ無しでは叶うはずも無かっただろうから。でも、やっぱり父様を殺したキミは許せないんだ≠チて泣きながら刺してくるし。あいつゲーチス大好きすぎだろ……。どうすればいいんだよホント、困ったね」
 トウヤの心境を表すように、火のついていない煙草が上下に揺れる。言い終わる頃にテーブルの上を彷徨(さまよ)っていた指がライターを探し当て、慣れた様子で煙草に火をつけた。充満していく煙が穴だらけの[こころ]にしみて少し辛い。
「やっぱり最初が悪いのかな……って思ったけど、無関心だと無関心であいつ轢(ひ)かれるからなあ。もっと最初に戻ればいいのか? でも戻る時間が前になればなるほど、俺の体にかかる負担もでかいからな……使いすぎれば死ぬ、か」
 テーブルの上に散らかされているもの――書き込まれすぎて遠目からは色つきに見えるつぎはぎだらけの方眼用紙、色とりどりのマーカー、人名の書かれた指人形、一口分だけ残った栄養ドリンクの瓶、握りつぶされた煙草の空き箱。
 いくつも枝分かれした線の最後にNから刺殺エンド8≠ニ書き込み、その上から大きく×印を書いて、それに行き着く線を赤く塗る。見直してみると×の多さが目立つ――それでもやるしかないか、そう呟いてから何度目かの溜息をひとつ。
 飲みかけの栄養ドリンクの蓋が光を反射し、きらきらと薄い緑色に輝いている。トウヤは口の端を上げるようにして笑い、光の主へと言葉を紡いだ。
「楽しそうだな、セレビィ……いや、エドワードって呼んだ方がいいのか? ……ま、今更どうでもいいか、そんなこと。付き合わせて悪いなエドワード、俺は往生際(おうじょうぎわ)が悪いんだ」
 自分の名前を呼ばれてか、個体名[エドワード]と付けられた緑色の発光体――時渡りのセレビィがその場で嬉しそうに回る。気にしてないから頑張って、とでも言っているのだろうか。
 あの時……Nにサヨナラと言われた日。降下しながら、トウヤはレシラムが助けてくれているだろうと思っていた。もしもそうだったとしたらひっぱたいて、力一杯抱きしめて、自分が吐いた暴言を許してくれるまで謝って。それから一緒に生きよう≠ニ、もう一度言うつもり――だった。
 現実はそうではなく、生ぬるい風が吹いていて。掠(かす)れるようなレシラムとゼクロム二匹の鳴き声が遠くなるのを聞きながら、ただ変わっていく地面を見続けていた。ぴくりとも動かないNの華奢な体、流れ出た鮮やかな赤が土に吸い込まれてどす黒く変色する。
 言葉を発することはおろか駆け寄ることすらできず、立ち尽くすしかないトウヤの前でゲーチスは穏やかに笑った。麻痺(まひ)していて気付かなかったが、その傍らには歯車のような硬く冷たい目をした人物、その視線の先にチェレンとアデクの姿。よく見ればアデクの方は片腕がなく、うずくまって目をおさえているチェレンの足下に割れた眼鏡が落ちていた。
 鋼色の瞳をした人物が通り過ぎ、膝をついてNの側に落ちていたキューブを取る。ゲーチスへとそれを渡し、恭(うやうや)しく礼をする一連の動作をトウヤは呆然と見つめていることしかできず――衝撃で千切れたチェーンからまだ乾ききっていない血がぽたり≠ニ垂れ、極彩色のローブに鮮烈な赤を添えた。
 Nに対してなんの感情も抱いていなかったのか、ゲーチスは変わり果てた息子の姿を一瞥(いちべつ)することもなく背を向ける。何を言えば良かったのか、どうすれば良かったのかも分からず立ち尽くすトウヤの前を悠々と――三人の従者を伴い、王のように去っていく。
 そして残ったのは、残されたのは。……金属を擦り合わせたような音が自分の上げた悲鳴だと気付いたのは、それからしばらく経ってから。衰弱しているとすぐに運び込まれ、比較的軽傷だった彼は同じ病院にいたチェレンとアデクの病室に行き、その結果、入院期間が少し延びた。
 片腕、光、Nという存在。それから数え切れないほどの失った、あるいは失わせてしまったモノの大きさに押しつぶされそうになる。酒と煙草に逃げ、依存症になるからと咎(とが)められても止める気配は無い。
「途中で会った……なんだっけか。確かギラなんとかと一緒に居る奴もアデクのおっさんも、取り返しが付かなくなる前に普通の生活に戻れ……って言うし。いつか壊れるぞとか、そんなこと分かってるっつーの、何度もやり直すと体と心の時間が狂って駄目になるとか、さ」
 心身ともに疲弊(ひへい)していたトウヤを救ったのは、図鑑でしか見たことが無かった伝説上の生き物、時渡りのセレビィ。個体名[エドワード]が何を意味するのか分からないが、それでも彼は一縷(いちる)の希望に縋(すが)ってしまった。
 重要なのはもしもあの頃に戻れたら≠ニいう夢のような話が現実になる能力だけで、その他はどうでも良い。
 トウヤはセレビィに出会った瞬間『やり直したい』と、叫んだ。そんなことをしても無駄だとアデクに言われたが、どうしてそんなことを言うのかと口論しただけだった。ただ、とても複雑そうな顔をしていたことだけが印象に残る。
「どうしようかな、次は三角関係にさせて遊んでみるか。あいつらはNとの好感度を上げなきゃシナリオに直接関係無いって分かったし。疲れた心の清涼剤ってね。ったく、なに言ってんだか……あーあ、いい感じに最低だな俺」
 何度も時渡りを繰り返し、壊し壊され、殺し殺され、奪い奪って、愛し愛され、いくつもの終わりと痛みを経験し、今に至る。心が凍結され、周りを記号としてしか見られなくなっている自分をトウヤは絞め殺してやりたいと思った。
「……なあエドワード、俺が狂う前に教えてくれよ」
 セレビィに悪意はない、と、アデクは言っていた。本当に純粋に人間が好きで、苦しんでいるから救いたいと思い、救いを求めている人間の前に現れる……と。
 けれど現実はどうだ、何度も繰り返すうちに他者との関係は記号化され、感情すらも数値として管理されている。方眼用紙に並んだ記号と数字を見て、全部ぐちゃぐちゃにしてしまいたくなる気持ちを抑えるだけで精一杯だ。
 トウヤは深い溜息と共に煙草を灰皿に押しつけ、立ち上がりながらゆっくりと頭を軽く振る。それからグラスに氷を三つほど入れ、再びソファーに腰を下ろしてから封を開けたばかりの瓶を静かに傾けた。
「あと何回、俺はあいつがいなくなるところを見ればいい――」
 満ちていく液体、迫り来るタイムリミット。氷のように割れて軋(きし)んでいく、脆弱(ぜいじゃく)なこころ。 
 全てを飲み込むように目を閉じ、『もう一度』をセレビィに願った。

――――――

189回目の終わり、死すらも記号化されて。
繰り返される悲劇に耐えられるのは、その先の望みが叶うと信じているから。
そうして凍り付く感情を犠牲に得られるものは。

2011/09/04
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