誰も何も間に入れない | ナノ
誰も何も間に入れない

[積雪]言葉にすると一言で片付けられてしまうような、ほんの些細な出来事。けれどそれが現実に表れるとその程度ではすまない――蜂の巣を突(つつ)いたような慌ただしさ、いつもより何倍も時間がかかる清掃、乱れるダイヤ、守れぬルール、せめて運転だけは安全にと平常のすばらしさを心に刻んだ。
 息を吐けば白く濁り、吸えば冷気で肺が痛む。雪が降って喜ぶのは子供や犬だけだと思いながら、コートのボタンを上から下まできっちりと詰めて外に出た。
 ふと腕章を外すのを忘れていたことに気がつくが、手袋を脱いでまでやろうとは思わない。ノボリ、と腕章に書かれた名前を雪が覆い隠していく。しんしんと静かに降り積もるような雪なら良かったが、強い風に乗って横から叩きつけるように降られては綺麗だ何だと思うより先に鬱陶しい≠ニ、感じてしまう。
「クダリさんこんばんは、凄い雪ですね」
「ノボリです」
 コートや帽子にいくつも雪が付き、電灯の明かりの下では[白]にしか見えないのか顔見知りの相手に会ってもこの有様。腕章についた雪を払い、胸中の思いが外に出ないように優しく訂正する。
 慣れたことだが、それでもこう毎回のように間違われると少し辛い。
「クダリさんだ」
「ノボリです」
 顔も似ているし背格好も同じくらい、見た目だけなら鏡のようだとよく言われるから仕方がないことだ。違いが出るようにと髪を伸ばせば同じように伸ばし始め、ぷつんと切ればこれまた同じように切ってしまう。ノボリと同じじゃないと嫌だ≠ニ、我が儘を言う片割れことクダリの姿が頭をよぎる。
「クダリさん」
 クダリ、クダリ、クダリ――なぜこうも間違われるのか。自分と片割れの違いは服装だけかと思いながら間違えられる度、逐一丁寧に『ノボリです』と訂正した。唇が乾いて割れ、痛むのを片割れのせいにしながらざくざく≠ニ、雪を踏みしめながらひとり家路をゆく。
「あっ!」
「ノボリです」
 後ろから投げかけられた言葉へと条件反射で答え、若干面倒臭そうに振り向き――そんなノボリの腰に雪の固まりが抱き付いた。勢いがついていたのかバランスを崩しかけ、よろよろと数歩後ずさる。
「く……クダッ……リ?」
「うんうん、ぼくクダリ! きみノボリ!!」
 ノボリの喉から上擦った呟きがこぼれ落ち、慌てて向けた視線の先に映る満面の笑み。引きずられるように苦笑いを浮かべ、それから深く深く更に深く長い溜息を吐いた。
「何をやっているんですか、あなたは」
「んー、待ち伏せ」
 普通の状態ならまだしも、雪まみれの姿で抱き付かれるとひどく寒い。力を込めて片割れを引きはがしながら、頭に積もった雪を取り敢えず払ってやる。ノボリが『帽子はどうしたんですか』と聞くと、これまた子供のような無邪気且つ満面の笑みで『雪が降ってたから、嬉しくて忘れてきちゃった』と、クダリは平然と言ってまた笑う。
 それ以上話をしても疲れるだけとノボリは何度目かの溜め息を吐き、それから片割れとふたり並んで歩いた。降るというより横から襲ってくる雪の勢いは今だ衰えず、体や服に付いては溶けずに新しい雪が重なり積もって行く。
「傘を一つ拝借してくれば良かったですね」
「そうだね、でも真っ白なノボリはぼくみたい。見た目だけはやっぱりそっくりだよね、ぼくたち」
「見た目だけです、が。あなたと間違われるとわたくしとてもショックでくらくらと目眩がいたします」
「うわー、ひどいな[ノボリお兄ちゃん]は」
「止めて下さいまし。ただでさえ寒いのにもっと寒くなるでしょう」
「じゃあぼくが暖めてあげるー!」
 嬉しそうに抱き付く片割れの頭を鬱陶しそうに押しやりながら、今日の献立は何にしようかとそんなことを考える。久々に鍋でも突(つつ)きたいと思ったが、今から買い物に行くのも億劫だ。適当に冷蔵庫の中にあるものを使って――そんなことを考えているノボリの視界に入る片割れの姿はまるで子供のようで、思わず嫌味が口を出る。
「さ、遊んでないで帰りますよ。それにしても……本当にあなたはこんなに寒いのに元気ですね。わたくしにも少し分けて欲しいぐらいです、ほんの少しで構いませんけど」
「そりゃそうだよ犬は喜び庭駆け回る≠チて言うじゃない?」
 それからばっちりとウィンクを決め『ねーこはこたつで丸くなる!!』と、クダリがノボリの手を引く――つまりわたくしが猫と言う訳ですか、なるほど下らないこと言ってると殴りますよ。

――――――

さてさて[はい]と[い]どちらでしょう。
2010/12/27
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