黄昏Rhapsody[1] | ナノ
黄昏Rhapsody[1]

 初めて出会ったとき、小さくて弱そうな子だと思った。
 次に出会ったときには、友達になろうと云ってくれた。
 この子は小さくて弱そうだけど、とても優しいんだと思った。

 迷い込んだ暗い森の中、心細くて泣いてたあたしの手を握りしめてくれた。
 その手は震えていたけれど、とても暖かかった。

 二人でした指切り――ずっと一緒に。

 小さかくて弱そうだったあの男の子は、いつの間にか大きくなって。
 あたしよりもずっとずっと前を歩いているのだと知ったのは、つい最近のことだ。
 
 どうして見てしまったんだろう。
 どうして開けてしまったんだろう。
 どうして、あたしは聞いてしまったんだろう。

 チャンピオンになったんだよ、と報告しようとしたのに。
 ……これじゃあ。

――――――

「コトネちゃん?」
 後ろから投げかけられた声に、はっとして振り返る。目の前にいたのは、何度も話しかけたのに……と少し唇をとがらせているトレーを持った男の子。黒に近い紺色の髪をした、幼なじみのヒビキ君。
 口に出さないのは当たり前として、思うのすら恥ずかしいが、あたしはヒビキ君が大好きだ。いつからこんなに好きになったのかも、ちゃんとわかるぐらいに。
 小さい頃、あの暗い森で迷って泣いていたあたしを見つけてくれた時。あの手のぬくもりを今でも思い出せるし、した約束だってしっかりと覚えている。
 ずっと一緒、そう云ったのに……という嫌な思いが沸いてきそうになるのを、言葉で打ち消した。
「あのね、ヒビキ君、これ……」
 輝きを失ったバッジを入れていた綺麗な箱を差し出して、震える声で云う。中に入っていたバッジの数は16個、チャンピオンになるために必要なのは8個――その倍。バッジが表しているのは、あたしよりもずっとヒビキ君の方が上にいたということ。
 ショックのあまり声が震えて、笑顔が作れない。自分に必死に言い聞かせた。笑えあたし、ヒビキ君の前なのに。……でも、駄目だった。どうしても笑顔が作れず、視界が薄くぼやけてくる。
 そんなあたしを見て、一瞬だけヒビキ君の表情が固まり、それから困ったような笑顔になった。
「見つかっちゃったね、もっとちゃんとしたところに置いておけば良かった」
 トレーを机の上に置き、ヒビキ君があたしの目の前に座る。さっきまでポケモンの毛並みを整えていたせいか、シャンプーの良い匂いがした。こんな時に、何考えてるんだろう。きっと混乱しているからだ、そうに違いない。
 ゆっくりと息を吐いて、ヒビキ君をまっすぐに見る。
「うん、ぼくの」
 短い言葉だったけれど、意味はいたいほど伝わってくる。どう言葉をかけて良いか分からず、泣き笑いのような表情しか浮かべられない。チャンピオンになったよ。ただいま……って云いたかっただけなのに。ヒビキ君のこと、待ってるからね――そう云いたかったのに。
 云おうとした言葉も笑顔も全部消えて、あとに残ったのは歯切れの悪い涙声。
「そっか、ヒビキ君凄かったんだね。本当は。あたし、ヒビキ君に自慢しに来たのに……これじゃ、だめだね。へへっ……」
「凄くなんかないよ。だってぼく、コトネちゃんと一緒にいたかっただけだから」
 思わずえっ、という間抜けな声が口から漏れた。何がなのと聞き返す間に、ヒビキ君の笑顔が照れくさそうなものに変わり……そっと、手を握られる。
 涙が急に引っ込み、ゆっくりとヒビキ君の手の温かさが伝わる――つま先から頭のてっぺんまで、びりっと電流が走っていくようだった。ばくばくと心臓がやかましいほどに鳴り響き、口からは言葉にならない音が勝手に出てくる。
 ヒビキ君はあたしのことをただの[幼なじみ]としか思ってないんだろうな、そう思って自分の心を落ち着けようとするけれど、そんなもので落ち着くほどア タシの心は素直じゃない。どうしよう嬉しくて死にそう、死んじゃいたい。死んだりなんてしないけど、とにかく嬉しい!
 そんな幸福の絶頂なあたしには全く気付かずに、ヒビキ君は頬を僅かに赤くしながら云った。
「ほら、小さい頃ずっと一緒って云ったでしょ。でもぼく男の子だから、コトネちゃんには負けない、負けたくない……ってがむしゃらにがんばってたら、そんなことになってたんだ」
 へへっとヒビキ君はどうしようもなく魅力的に笑った。そういえばヒビキ君は努力する天才、とウツギ博士が興奮しながら語っていたのを思い出す。
 あたしはなんなのと聞き返したら[やれば出来る子だけど、やろうとしない駄目な部類の子だね]とはっきり云われて、モンスターボールをぶつけたら眼鏡がかち割れたのを思い出し、やるせない気持ちになる。あたしは多分悪くない、ちゃんと謝ったし怒られもした。
 そんなどうでもいいことを考えていたら、頭が少しだけ落ち着いてくる。もっと落ち着けあたし、ヒビキ君は[幼なじみ]としかあたしのコトを思っていない……! あっ、駄目泣きそうになってきた。しっかりしろ、なにやってんの、あたし。
「コトネちゃん? どうしたの、やっぱりショックだった……?ごめんね、ずっと云おうと思ってたんだけど、楽しそうにバッジを手に入れたんだっていうコトネちゃんや、チャンピオンになりたいって云ってがんばってるヨシノくんを見てたら、もうぼく手に入れてるよとは云えなくて……」
「ヒビキ君は、優しいんだね」
 でも、残酷だよ。とは云わなかった。そういう優しさに時々傷ついてしまうこともあるけれど、あたしはそういうヒビキ君の優しいところが好きなんだから――こみ上げてくる感情に押されるように、ぴっとヒビキ君に人差し指を突きつけ、微笑んだ。
「ヒビキ君があたしよりもずっと前にいるなら、走るっきゃない。走るの、諦めたりなんかしないんだから」
 そこで、どくんと心臓が鳴る。云っちゃえあたし、今しかない! このどさくさに紛れて、好きだよって云ってしまえ! ……とは思うのだが、情けないことに言葉が出ない。本当に好きな相手の前だからだろうか。
 そんなことを思いながら、極上の笑顔を浮かべて見せた。
「いつか追いつくから、がんばったねって褒めてよね!」
 今伝えられる、精一杯の思い。
 いつか追いついて、もっとはっきりと云えるようになりたい。
 追いついて、捕まえて。
 
 ――君のことが大好きなんだよって、伝えるの。

――――――

初恋は実らないなんて、迷信に決まってるでしょ!
2009/11/09
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