不完全は爪を研ぐ
「牛島さん、卒業おめでとうございます」

体育館のど真ん中、とうとう卒業する三年生の先輩達に、最後のお見送りをしている私達の中で、唯一涙を流していなかったのは、二年生から正セッターを務めている白布賢二郎だけだった。牛島先輩に大きな花束を渡している白布君の後ろでは、意外とこういう場に弱いらしい川西君がぐすぐすと鼻を鳴らしている。ほんと意外、と思っている私もハンカチが手放せないところではあるが。

「賢二郎は泣かなくていーの?大好きな若利クン卒業しちまうんだヨ〜?」
「天童さんこそ泣いてくださいよ。両隣大泣きじゃないですか」

減らず口を叩ける程に、白布君の精神はかなり頑丈になってきたらしい。元々頑丈だけど、最近は三年生がいなくなるという事実もあって余計にだ。

大きな花束を持った先輩達の制服姿は今日で見納めだ。烏野高校とのフルセットの死闘を最後に、彼等の3年間の集大成は終止符を打った。そして、彼等の借りをこれから返していくのが私達の役目で、このメンバーで全国に必ず行くのが私達の今一番の目標だ。

「苗字」
「はい、」
「チームを支える土台はこれからのお前にかかっている。マネージャーもチームの一員で、一緒に戦っているということを忘れるな」
「分かってます」
「まるで賢二郎みたいな返答だなァ」
「夫婦は似るモンなんだからしょーがねーだろ」
「瀬見さんぶん殴りますよ」
「コワッ。ま、苗字は白布とも上手くやれよ」

瀬見さんの言う通り、私と白布君はもう三年目のお付き合いとなる。中学の時にチームメンバーとマネージャーだった私と白布君の関係は、白鳥沢の受験に合格してからも変わらなかった。多分、そのまま付き合うという形になったのも当たり前のようなことで、付き合うということにチームの受け入れもすごく早かった。それは有難いけれど、瀬見先輩と天童先輩からはそのことを弄られることも多い。でも、それが今日で最後だと思うと、中々に感慨深いとか思っちゃったりしている。

「さ、つーわけで、鷲匠先生がお別れ会の席で待ってるらしいから早く行こうぜ」
「今年の鍛治クンは気合が違うネ」
「まあ若利のお祝いも兼ねてだろ」
「プロリーグ入りだもんな。やっぱすげーわお前は‥」
「何を言っている。俺は、お前達がいてこその俺だった。有難う」
「わ‥わかとしぃ〜‥」

肩を組んで、ぞろぞろと体育館の入り口へと歩いていく皆を見ながら、私はぽつんと真ん中で立ち止まっていた。卒業というイベントが近付いていることにそれなりの心の準備もしてきたつもりだったが、いざ当日を迎えると心の準備なんて無意味なものだ。ぼろぼろ、ぼろぼろ。床にも落ちていく涙は拭う気にもなれない。拭ったところで先輩達がいなくなることには変わりないのだ。

「ブッサイク」
「強がり」

いつの間にか隣に立っていた白布君は、やっぱり泣いていなかった。泣いている所を見たのは、烏野に負けた時の、あの日だけ。あの日から彼は、人知れず心の中にずっと炎を燃やし続けている。可笑しそうに笑った彼はそう言ったあと、私の頭の上に手を置いて掻き回した。

「今年一年覚悟しとけよ」
「分かってるってば。白鳥沢のマネージャーナメんじゃないわよ。そっちこそ覚悟しときなさいよ。思いっきり尻叩いてやるから」
「‥なんだよそのコメント引く」
「私は先輩達の無念を晴らしたいの」
「死んでねえよ」

笑い声の中に僅かに震えた音は、私だけが知っていればいい。

ちゃんと分かっている。泣いていた誰よりも、先輩達の卒業を一番悲しんでいて、後悔の残った試合をしてしまったと思い詰めて、悔しいと死ぬほど思っていたのは彼だということを。そして、もう私は知っている。彼が次を見据えて彼等の築いてきた道を引き継ぐ覚悟をしていることを。

「絶対今年は全国に連れて行く」
「何言ってんの。私が連れていってあげるんだよ」
「ふざけんな。俺が連れて行くっつってんだよ」
「はあ?チームを支える土台はこれからのお前にかかっている≠チて牛島先輩も言ってたじゃん」
「お前はなんでカッコつけさせねえんだよ」
「いいじゃん。私もかっこいいこと言いたいの」
「‥じゃあ二人でやるか」

チームが一つになることがとても難しいのなんて、この短い人生でも身に染みている事実だ。それでも、隣にいる白布君がいるならきっとやれる筈。顔を見合わせた瞬間、彼の左目から涙が零れ落ちると、それを拭って何事もなかったかのように真っ直ぐ先輩達の背中へと視線を向けた。

私達の白い翼は、まだまだ成長途中だ。絶対王者≠ニいう言葉に恥じない、彼等の真っ白に広がる翼を私達もまた手に入れる為に、今日またここから新しい物語を紡いでいくのだ。




この度は、素敵な白鳥沢の企画に参加させていただきましてありがとうございました。また、企画が縁でみさんがさんと出会えたことに感謝です!普段は烏野推しなので、書いてみてとても楽しかったです〜。本当にありがとうございました!



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