1.火竜討伐 2 | ナノ





太陽と重なった火竜は、空中で咆哮する。始めの咆哮よりも大きなそれは、地上に居たヤクノ達全員を威圧させるには充分だった。

ヤクノとブライアンは耳を塞ぐ。咆哮が止んだと思えば、次に来るのは巨体の突進。ヤクノは真っ直ぐに走り抜けて火竜の股下を潜る。対するブライアンは横に逃げる。

二人はほぼ同時に太刀を抜いた。身の丈ほどある太刀の波紋が、太陽光を受け白銀の光を反射した。ブライアンは翼を、ヤクノは尻尾をそれぞれ斬り付ける。

その間に火竜は尻尾を振り回す。鞭のように撓るその尻尾の先端は、音速を超える。触れなくても発生した衝撃波で、皮膚が切れる。

パツッという音と共に、ヤクノに赤い飛沫が飛ぶ。何回か斬り付けた尻尾の付け根に、僅かに斬り傷が付いている。後何度か斬りつければ切断出来そうだ。

しかし火竜とて簡単に、その命を散らせてはくれない。

傷付いた翼、塞がれた左目。それ程のハンデを負いながらも、火竜はまだ暴れる。それこそ不死身無敗のジークフリートの如く。

「下がれ!!」

ヤクノがブライアンに叫ぶ。それとほぼ同時に火竜が大きく息を吸い込んだ。今までにしてきた火球ではない。体内で生成した炎をそのまま吐こうとしている。火竜と中間距離に居たブライアンは後ろへ飛び退き、距離を取る。この火竜のブレスがどこまで距離を伸ばすか判らない。出来る限り火竜から距離をとる。

逆にヤクノは火竜の懐へと深く潜り込んだ。火竜の足元、踏み潰されないように、回避と攻撃を同時に行う。

そして大きく息を吸い込んだ火竜は、一瞬呼吸を止める。次の瞬間には咆哮と共に、炎を吐き出す。火炎放射器よりも何十倍もの威力のあるその炎は、直接触れなくとも周囲の空気を高温にする。二人はとっさに口と鼻を袖で覆う。高温の空気を吸い込めば、肺が焼けるからだ。火竜は首を横に振り、炎をなぎ払う。

火竜の周囲に炎の壁が出来上がる。高原の草を焼いて燃える炎は、火竜にとっては防壁になる。ブライアンは炎に行く手を遮られ、火竜への攻撃を踏み込めない。

「くそっ…!!」

ヤクノは舌打ちをする。
まさか、ここまでの炎を一気に吐き出すとは思わなかった。今まで同じジークフリードの狩猟はした事はあるが、それでも前方を炎の壁で覆う程の炎は、どの固体も吐かなかった。

成る程、これならギルドが緊急収集を出す程の依頼だ。この火竜はただ図体がでかいだけではない。その巨体に見合うだけの、相当な力を持っている。

火竜はブライアンの姿が見えなくなった事を確認したのか、ヤクノを執拗に攻撃してくる。小さな火球をマシンガンのように吐き、連続で息つく間もない程の連撃。全弾避けても、何発かはヤクノの皮膚を焼く。

火球が止めば、次いで尻尾を振り回す。だが今までと違うのは、尻尾だけでなく、その巨体全体で大回転している。尻尾の攻撃力は先程の比にならない。目の前を尻尾が音速で通る。発生した衝撃波がヤクノを襲う。

「あっぶねぇ…」

ヤクノの胸に裂傷が走る。もしも後僅かに腰を落としていたら、衝撃波は首を襲い頚動脈に傷付けていただろう。

それでも彼は尻尾の付け根を集中して斬り付ける。鱗が剥がれ、赤々とした肉が見える。後もう少しだ。

その時火竜の上空で何かが眩しく反射した。火竜もそれに気が付いたらしく、一瞬動きを止めてその何かを確認した。

今がチャンスだと、ヤクノは下半身に力を込めて踏ん張る。何度も斬り付けたその傷目掛けて、渾身の力で太刀を下から降り抜く。

火竜の上空で煌めいたのはブライアンの抜き身の太刀だった。彼は炎の壁を上から越え、落下のスピードと重力を利用して火竜の尻尾目掛け太刀を振り下ろした。

二人の太刀が上下から噛み合う。

「うおおおおおおおおおお!!」
「でぇりゃあああああああ!!」

バツンッ!!と弾け飛ぶような乾いた音がした。次には赤い飛沫が雨のように降った。更に火竜の痛みによる絶叫にも似た咆哮。火竜はバランスを崩して地面にぶつかった。火竜の背後でその長い尻尾がビクビクと痙攣しているのが確認出来た。二本の太刀により、火竜の長い鞭のような尻尾は根元から切断された。

それでも火竜は戦う意思を消さない。満身創痍のまま翼を地面に叩き付ける。突然の風圧に、二人は圧される。

左目を失い、翼は傷付き、尻尾を失った火竜は、その巨体で二人に突進した。

ヤクノとブライアンは目だけで合図をする。短く交わしたそのアイコンタクトで、ヤクノは左に、ブライアンは右に、その場で構える。

突進してきた火竜を見切り、二人は同時に火竜の頚動脈を狙い刃を振り抜いた。喉の所に鱗が無い火竜は、その他の部位より柔らかい喉に二人の太刀が食い込む。

弧を描いた二振りの太刀は、火竜の赤い飛沫を受けその軌跡が別の翼のように見えた。

二人の間を駆け抜けた火竜は、地に伏せそのまま動かない。火竜の頭と尻尾から真っ赤な雫が溢れ、火竜の体の下には赤い泉が広がる。

整わない息のまま、ヤクノは火竜に近付く。ぜぇぜぇと自分の肺から出る呼吸が喧しい程だ。

火竜は息絶えたようだったが、彼は確実である事を確認する為に、もう一度火竜の喉に太刀を突き立てた。反応は無い。絶命している事が可能性から、真実な物へと確実になった。その事を確認して、漸くヤクノは息を吐く。

「…………」

ヤクノは火竜に対し手を合わせ、目を瞑り短く黙祷した。そして、腰のバッグから布を取り出して、火竜の飛沫で真っ赤になった自分を拭った。

「さて…」

流石に服に染み付いた物までは完全に落とせない。早く帰ってギルドの報告をして、風呂にでも入るかと思ったヤクノは、バッグの中からスモークを取り出す。

「お疲れ様でした」
「あ?ああ、アンタもお疲れ」

同じように火竜の飛沫を浴びたブライアンが、ヤクノに声を掛けた。彼の部下と思わしき団員が、彼に布を差し出していた。それを笑顔で受け取り、彼は顔についたものを拭く。

「アンタ、さっきどうやって上から降ってきたんだ?」
「あそこの投擲台から飛んだよ。なかなか、スリルがあったけどね」

そう言ってブライアンは後方にある、砲台を指差した。本来あの砲台は砲丸を撃ちだすものであって、生身の人間が飛んでくるものではない。

「あの炎は回り込んでいくよりも、いっそ飛び越えてしまった方が早いと思ったんでね」
「よくもまぁ、そんな無茶したもんだ。熱かったろーに」
「いや?そうでも無かったかな」

団員達により消化された炎の壁を見、そして力尽きた火竜を見、ヤクノはブライアンに問う。

「んで、このジークフリードはギルドが貰っても?」
「ああ、構いませんよ。騎士団は討伐さえ出来れば構いませんから」
「あんがと」

バッグからスモークを取り出し、それをヤクノは地面に投げる。空に向かって討伐完了を知らせる白色の煙が上がる。時期に先程の馬車が来るだろう。

「それにしても、このサイズの火竜を相手にして、損害が全く無いなんて…。S級のソルジャーの実力は計り知れないな」
「そうかぁ?割と普通だったと思うぞ?」
「いや、我が隊に死傷者負傷者共に出ず、こんな短時間で火竜を討伐出来てしまった。是非ともうちの隊に来てもらいたいものだよ」
「いや、騎士団とかガラじゃねぇよ」
「それは残念だな。でも、君みたいな人はソルジャーの方が性に合っているだろうね」
「まーなぁ。こっちはガキの頃からソルジャーやってるしなぁ」
「へぇ…。子供の頃から…」

そうした会話をしていると、ヤクノには馬車が、ブライアンには部下の騎士団員達が近付く。

「おー。来た来た。それじゃぁ、このジークフリードは貰っていくから」
「では」

ブライアンは軽く敬礼して王都へ引き上げて行った。

ヤクノを迎えに来た馬車とは別に、もう一台牽引用の大きな馬車が火竜の横に停まる。馬車から降りてきたギルド関係者は、討伐された火竜の大きさに驚いているようだった。

「おめぇさん、こりゃまたすげぇの狩ったなぁ…」
「でかいだろコイツ。一人だったら流石に危なかったかもなぁ」
「誰かと一緒に狩ったのか?」

馬車に乗り込んだヤクノに、右目に眼帯をした赤い髪の男が訊いた。

「あぁ、ハートナイツと一緒にな。アイツも中々すげぇ奴だな。ソルジャーで言ったらS級ぐらいあんじゃねぇか?」
「てぇこたぁ…。二人であの火竜討伐したって事か?」
「そうなるな」
「どっちにしろ、俺からしたらおめぇらがバケモンみてぇだよ」
「ははっ!褒め言葉だそりゃ!」

嫌味で言ったにも関わらず、ヤクノは爆笑しながらその男に言う。『バケモンでもなけりゃ龍と戦うような事はできねぇだろうよ』と。

「そりゃちげぇねぇな。でもそんなおめぇさんでも、集会所行って報告終わったら医務室行けよ?破傷風になったらおしめぇだろ」
「そうだなぁ、適当に傷薬だけでももらって家帰るかなぁ。あーあ、こんな事なら鎖帷子でも着てくりゃ良かったなぁ」
「は!?おめぇさん、防具付けてねぇのか!?」
「重くなるから嫌なんだよ。転がった時に刺さりそうだしよ」
「……。ああ、お前本当にバケモンだわ」
「へへへ…」

バッグからタバコを取り出し、火を点ける。紫煙を吐き出し、馬車の外を見ると草食獣がのんびりと草を食べている。先程までの激闘の面影はもう無い。

揺れる馬車に身を預け、規則的な揺れに眠気がやってくる。携帯灰皿にタバコの灰を落として火を消す。集会所に着くまで一眠りしようかと考え腕を組んで、俯いて瞼を閉じる。

暫くそうしていただろうか。馬車が停まった。停まった時の衝撃に、ヤクノは再び瞼を開いた。

「おう、着いたぞ」
「んぁ?ああ、あんがとさん」

馬車を居り、最初に来た集会所の扉を潜る。そこは最初と変わらず、ソルジャー達で賑わっていた。

「狩猟お疲れ様でした」

受注カウンターの隣にある、報告カウンターに向かうと、受注カウンターに居た受付嬢とは別の受付嬢がお辞儀をして声を掛けた。

「先に医務室へご案内致しましょうか?」

ヤクノの傷の具合を見て、受付嬢はそう聞いた。ヤクノからしたら大した傷でもない為、そのまま先に報告を済ませる。

「受注ランク、S級緊急依頼、火竜飛竜種ジークフリード。はい、確かに討伐を確認致しました。報酬は…。えーっと、どちらにお送り致しましょう?」
「あー、近いうちにクローバー行くから、そっちの家に送っといて」
「畏まりました。それでは、これが明細になります」
「ありがと」

明細を受け取り、その内容を確認する。たんまり貰える報酬に、思わずヤクノの表情が緩む。

「これなら当分遊べるな」
「狩猟お疲れ様でした。ところで、近いうちにクローバーの国へ行かれます?」
「ん?まぁ、何となく散歩がてらに行こうかと。久し振りに見たい顔もあるしな」
「クローバーの国周辺の森林に、黒雷竜地竜種モゲラドンの出現が確認されておりますが…」
「モゲラ!?あんなの出てきたら、そりゃ…お前…」
「クローバーの国だとお祭り騒ぎですね!」

クローバーの国は、このハートの国から南東にある小さな島国だ。その国では世界でも丁度良い位置にあるらしく、一年で四季がある。特に今の時期は、収穫の時期でもある。

そしてその地竜種の黒雷竜モゲラドンは、地竜種というだけあって地中で生活している。飛竜種よりも体は小さいものの、鱗は飛竜種よりもかなり硬い。モゲラドンが地中を進むと、土壌は絶妙な具合で耕され、龍の糞など高栄養の肥料により次の収穫は豊作になる。故に、クローバーの国では収穫期にモゲラドンが出現すると、次回の豊作を願ってお祭り騒ぎになる。

「今ならクローバーの国への定期便がお安くなってますよ」
「そうかー。それなら混まないうちに、さっさと行ってくるかなー」

ギルドへ報告を終え、ヤクノはそのまま集会所を出た。医務室を何度か進められたが、この程度なら家にある傷薬を塗っておけば数日で塞がるだろう。

集会所の直ぐ近くにある自宅に入り、一先ずヤクノはシャワーを浴びた。先程の狩猟で出来た、湯が裂傷に染みる。そこまで深くない傷である為、余り痛くは無いが、それでも染みるものは染みる。

「いってー…」

さっさと体を流して服を着替える。そして棚に置いてある傷薬を取り、これまた適当に傷に塗りこむ。そして適当に包帯を巻いておく。こうした怪我は一度や二度ではない為、手際は良い。

「あ、そうだ」

何かを思い出したのかヤクノは、街にある酒屋に向かう。ハートの国の名産でもある黒ビールを買う為だ。ハートの国の麦はかなり良質で、パンなども美味しい。黒ビールも然り、仄かな甘みが特徴となっている。その甘みは砂糖のような甘さではなく、どちらかというとハートの国の黒ビールは果物の甘さに近い。

酒屋のドアを開けると、カウンターに居た若い女性が声を掛ける。

「いらっしゃいませー!あら?ヤクノさん、お久し振りですねー。ハートの国に来てたんですかー?」
「まぁ、ちょっとね」
「今日は何を買われます?いつもみたいに清酒にします?」
「いや、今日は…。あ!あれ、黒ビール。あれ、頂戴」

店内を見渡し、目に付いた黒ビールを指差してヤクノは言う。それは、黒ビールの中でも、有名ブランドの黒ビールだった。そこそこ値は張るが、味は甲乙つけがたく、どんなビール好きでも満足する味だ。

「りょーかいですー。何本買われますかー?」
「そうだなぁ…。取り合えず三本頂戴?」
「はーい。畏まりましたー。ラッピングはされますかー?」

元気良く、その女性は棚から三本黒ビールを取り出した。

「取り敢えず、二本だけ別々に包んで。あとはそのままで良いから」
「はーい。じゃ、少々お待ち下さいねー」
「んー」

女性がラッピングをしている間、ヤクノは適当に店内を見て回る。この店は名産品の黒ビールの他に、輸入品の酒や珍しい酒なども幅広く取り揃えている。中には女性用に、酒を使用した美容液なども売られている。

その時たまたま店内にいた、騎士団と思われる人の会話が耳に入った。

「なぁ、ソルジャーってホント有り得ないよな」
「え?そうなのか?」
「DとかC級はあんまり、っていうか一般人以下に近いんだけどさぁ。A級以上はバケモンだよ」
「A級つったらナイツレベルなんだろ?」
「ナイツレベルでも、あいつらは一人でもあの龍を狩るんだぞ?人間の力じゃねぇだろ」
「いや〜、でも、俺達も龍狩るじゃん?」
「そんなレベルの話じゃねぇんだよ。この間たまたま休暇にソルジャーの狩猟を目撃したんだけど、たった一人で水竜種を狩ってたからな。しかも水中で」
「水竜種と一人で水中戦なんて…。こっちは小隊出して漸くだってぇのに」
「ほんとにさ!しかもランス一本で狩っちまうとかありえねぇよ」
「そうだなぁ。ソルジャーとガチで喧嘩したら殺されかけないな…」
「あと、ソルジャーってギルドが母体だろ?これは噂なんだけど、裏ギルドなんつーもんがあるらしいぜ」
「裏ギルドなんて、やばそうな臭いがぷんぷんするな」
「そうだよな。ぜってぇろくな事ねぇよな。おっ!!この酒!たしか美味いって師団長が言ってたな。買ってくか!」
「お前、飲みすぎんなよ」

その騎士団と思われる二人は、手に取った酒を買うか買わないかで少しだけ揉めていた。

「(龍の生態さえ判ってりゃ、案外簡単なんだけどなぁ…)」

ヤクノはその二人を横目でみて、ぼんやりとそんな事を思う。龍によって、どこの肉質が柔らかいか、どこが一番刃が通るか、その特徴を把握していれば余りてこずる事はない。尤も、それは経験を積んだソルジャーの話の事であるが。

「お待たせ致しましたー!!」

カウンターから女性が声を掛けた。カウンターの上には、大きな紙袋ひとつに纏められた黒ビールが三本入っている。

「あんがと」

代金を渡し、ヤクノは商品を受け取った。流石にビール瓶三本は重たいが、それでも愛刀の太刀と弓の重さには到底及ばない。軽々と紙袋を片手で持ち上げ、ヤクノは顔見知りのその酒屋の女性に挨拶をして帰った。

家に帰り、ヤクノは少し大きめの鞄に適当に荷物を詰める。纏めた荷物を担いでヤクノは、再び家を出る。今度は街の港の方へ。そこで日に何本か出ている定期便を確認する。

「クローバーへはいつ出る?」
「ああ、クローバーの国へなら、今から十分後に出航致します。乗船券はお持ちですか?」
「これで良い?」
「四カ国無期限定期…。畏まりました。どうぞご乗船下さい。良い旅を!」

定期便に乗り込んだヤクノは、見晴らしの良い甲板で海を眺める。波は穏やかで、風も爽やかだ。ふと水面を覗けば、水竜種の中でも性格が温厚で穏やかなオルキヌスが優雅に泳いでいる。

ハートの国からクローバーの国までは移動距離はそれなりにある。長い船旅になりそうだ。


そしてそのソルジャーは、故郷を訪れる為に東へと向かう。


飛竜種 火竜 ジークフリード 討伐完了