1.火竜討伐 1 | ナノ






太古よりこの世界には龍と人が生きている。人よりも遥かに強い力を持つ龍が、世界の覇者になる筈だった。しかし、人は龍に対抗するべく、街を造り、国を造り、そして数という力を手に入れた。強大な力を持つ一頭の龍と、個々の力は微々たる物でも一丸となれば龍の強さにも匹敵する人間。双方は生きる為にその力を振るった。

そして時は流れ、龍の生態が人間によって明らかになると、中には一人でも龍に対抗出来る程の力を持つ者が現れる。龍の生態を知り尽くし、龍に合わせた武器を持ち、龍を狩る人間。それがソルジャーである。

「なぁ、知ってるか?」

賑やかな街にある一軒の大きな集会場。ここではソルジャー達の憩いの場でもあり、依頼交付場所でもある。ハートの国ソルジャーギルド本部の集会所では、昼夜問わず常に人で溢れている。ソルジャーに夢を抱き、ソルジャー試験を受ける者。龍の討伐に向かう者。仲間のソルジャーと情報交換をする者。一口に集会所に集まる人間と言っても、人の過ごし方は実に様々だ。

その集会所にある一角のテーブル。ハートの国特産のフルーツと、肉料理がテーブルの上に所狭しと並べられている。ジョッキに入った黒ビールを煽りながら、その左目に傷のある大男のソルジャーは言った。

「俺達ソルジャーはよぉ。普通は一人では狩りをしねぇ。何でだか判るか?」

その男の真向かいに座って、男に比べたら少し小柄なソルジャーが答える。

「そりゃ当たり前だろ。人間があんなでっかい龍相手に一人で狩れるもんか」
「馬鹿野郎おめぇ、そりゃ新米の考え方だ」

どうやら、左目に傷のある大男は、ベテランソルジャーのようだ。対する少し小柄な男はまだソルジャーになって日が浅いといった感じか。二人は知り合いでもなんでもなく、ただ相席になって小話をしていたと言う感じだった。

左目に傷のある大男は、肉料理を一口食べてそのソルジャーに言う。

「大抵の奴らはみんな、狩猟団を作って数人で龍の討伐に行くだろ?それは、仲間が居るから安心して戦えるってのがある」
「はぁ…」
「経験を積んでなきゃ、あんな龍相手に戦ってまともな精神で居られる訳がねぇ」
「そんなもんですかね?俺だったら、飛竜種ぐらいだったら一人でもいけそうですけどね」

そう自信たっぷりに言った小柄な男は、直ぐに左目に傷のある大男に頭を引っ叩かれた。

「そういうおめぇみてぇな、ちょっとソルジャーに慣れてきたかぐらいの時期が一番危ねぇんだよ!!」
「いってぇ!!何も叩かなくても良いじゃないですか!!」
「その時期に、自分の力量を見誤って死んでった奴を俺は何人も見てきたから言ってんだ」
「って〜…」
「まぁ、中にはバケモンみてぇに強くて、龍を一人で狩っちまう奴も居るがなぁ…」

小柄な男は頭を押さえて、涙目でその男を見た。

「まぁ、おめぇもギルド規格外の龍に会えば、その意味が判るだろうよ。おーい!!ねぇちゃん!!お勘定!!」

その左目に傷のある大男は、支給の女性に声を掛けて自分の食事代を払うとその席を後にした。

小柄な男はテーブルの上にある自分が注文した料理を平らげる。そこで少し一服して、集会所の入り口を何となく見た。

集会所の扉を開けて入ってきたのは、赤い布の服で短い黒髪黒目の男。目付きは悪いが、かといって性格まで悪いとは思えない。

彼は一目見てクローバーの国の出身者だという事が判る。恐らく彼もソルジャーなのだろうが、それにしては随分と小柄だと感じた。身長は百七十あるかないかといったところだろうか。

「(へぇー。小さくてもソルジャーになれるんだなぁ…)」

ぼんやりとそんな事を考えていたところ、集会所が俄かに騒がしくなる。どうやら新しく配布される依頼がとんでもない物らしい。

依頼受注場のボードを覗きに行くと、すでに沢山の人だかりがある。人を押しのけて、その問題の依頼を確認する。

「何だコリャ…」

その依頼は、赤い紙だった。

ソルジャーには依頼を選ぶ権利があるが、その依頼が危険な物である事が多い。その為、ソルジャーには階級が設けられており、D級からS級に分けられる。自分の階級以下の依頼は受ける事が出来るが、それ以上の階級は受ける事は出来ない。D級は白い紙、C級は緑、B級は青、A級は黄、S級は黒、と紙の色によって階級が判るようになっている。

なら、先程の赤い紙は?

「この赤い依頼って何ですか?」

小柄な男はその隣に居たソルジャーには珍しい女性ソルジャーに尋ねた。

「あら?あなたソルジャーになって日が浅い?だったら見た事ないかもね。赤い依頼状はギルドからの緊急依頼書よ。いつもより危険な依頼だけど、その分報酬も馬鹿にならないって話よ?」
「じゃあ、何で誰も取らないんですか?」
「見てよ、この条件」

そう言われ、指差された所を見ると、こう書いてある。

「えーっと…、受注条件、A級ソルジャー五名以上、若しくはS級一人以上。B級以下のソルジャーは同行不可」

そこまで読んで小柄な男は驚きの声を上げる。

「S級以上!?そんなソルジャー実在するんですか!?」
「世界に何人かは居るって話だけどねぇ…」

「ちょっとごめんよー」

小柄な男が驚く中、彼を押しのけて受注ボードの前に出てきたのは、あの赤い服のソルジャーだった。大柄なソルジャーの間を潜り抜けてきたらしく、髪の毛はぐちゃぐちゃだ。

「おー…」

赤い服の彼は、数ある依頼状の中から、迷う事無くその赤い紙の依頼状を取った。そして、その依頼状を受注カウンターへと持って行こうとする。

「おいおいおい!!兄ちゃんそれはやめときなって!!」
「んな、ヤバイ依頼、おめぇの力じゃ無理だろ!!」

数人のソルジャーが赤い服の彼の腕を掴んで引き止める。赤い服の男は、煩わしそうに手を払った。

「いやいや、人を見掛けて判断するもんじゃねーぞ?」

意地悪く笑った赤い服の彼は、受注カウンターに居る受付嬢にその依頼状を見せた。

「えっと…。申し訳御座いませんが、ソルジャー免許の呈示をお願いします」
「はいはい。これね」

赤い服の男は、腰のバッグからソルジャー免許を取り出して受付嬢に見せた。彼女はそれを手にとって確認すると、驚いたように彼を見た。

「お名前ヤクノ様。階級はS級…。S級!?」

受付嬢の以外にも大きな声に、その場に居たソルジャー達が一斉にその赤い服の男、ヤクノを見た。誰も、こんなかなり小柄な男がS級だとは思わなかったのだろう。見たところヤクノはまだ若い。年齢は二十代半ば辺りだろう。S級ソルジャーになるには、何十年掛かる者や一生なれない者もいる。ヤクノの年でS級はかなり珍しい。

「一応、ピアスとバッジも在るけど?」

ヤクノはペンダントのように首から提げているバッジと、髪を上げて耳につけているピアスを見せた。どちらもS級のソルジャーにしか配布されない物だ。

「し、失礼しました!!ただいま手続きしてまいりますので!!」

受付嬢は慌てて受注手続きをしている。時折こちらを確認するかのようにちらちらと見ている。

赤い服の小柄な男――ヤクノ――は、依頼状に書かれている内容をもう一度確確認するかのように、文字を目で追った。

『内容:火竜一体の討伐。受注条件:A級ソルジャー五名以上、若しくはS級ソルジャー一名以上。B級以下のソルジャーは同行不可。討伐地区:ハートの国高原。備考:火竜名「飛竜種、ジークフリード」。ハートナイツ出動可能性有り』

簡潔にまとめられた文章を目で追い、最後の一文に目を通した時に、ヤクノの眉が僅かに顰められた。

「お待たせ致しました。ヤクノ様。火竜討伐確かに受注致しました」
「これさ、ハートナイツ出てくるってマジで?」
「え?ええ、ギルド側にはまだ正式には連絡が入っていませんが、恐らく出動してくるのではないかと…」
「マジで?」
「何しろ、対象の火竜が規格外の大きさだそうです」
「そうかぁ」

ヤクノの口から『ハートナイツ』の単語が出たと同時に、騒がしかった集会所内が更に騒がしくなる。

『ハートナイツ』所謂、ハートの国の王国騎士団団長で、国の軍事トップの人間だ。だが、問題はそこではない。もとより、騎士団が属する王国側と、ソルジャー達が属するギルド側は、互いに方向性の違いにより何度か衝突していた。

ナイツ達が目指す所は、国民の安全と幸福。そこに存在する信念は、常に大衆に向けられて国民の安全が第一だ。その為なら、龍を絶滅に追い込む事も厭わない。

対してギルド側、ソルジャー達に個人の思想の違いはあれど、大抵皆に共通するところは、自らが生きる為に龍を狩る事だ。龍と共に生き、必要な素材は最低限しか取らない。これは生態系を守る上でも大切な事である。

国民の安全の為に龍を殺すか、それとも、龍と共存し恩恵に感謝しながら龍を殺すか。同じ討伐でもギルドと騎士団とでは考え方が違う。互いが違う思想故に、昔から何度か衝突があった。

ヤクノとしても、できれば騎士団とは余り関わりたくはない。しかし、受注してしまった今、引き返す事は出来ない。

「兄ちゃん、あんまり騎士団と厄介事起こすなよ?あいつら根に持つからな」

一人のソルジャーがヤクノに声を掛けた。そのソルジャーの話を適当に流し、ヤクノは受注書と武器、バッグに入るだけの道具を詰め込んで集会所を後にした。

集会所から一歩出ると、そこには馬車が停まっている。ヤクノがその馬車に近付き、受注書を見せると直ぐに馬車を出してくれると言う。

「それじゃ頼むわ」
「はいよ。それにしても、お前さんそんな依頼よく受けたな」
「ちょっと最近生活費が苦しくてな」

ギルドが出しているその馬車は、依頼受注者を目的地まで無料で送迎してくれる。勿論、狩猟場所までは行かないが、狩猟後にスモークを炊くと何処からともなく現れ、集会所までまた送迎してくれる。何処で待機しているのかは、謎であり、ソルジャー達の間ではギルド七不思議のひとつともなっている。

馬車を走らせる間暇なその人物は、ヤクノに話し掛ける。ハートの国での狩猟はこれが初めてではないヤクノにとって、この人物は顔見知りである。右目に眼帯をした赤い髪のその男は、笑いながら話す。

「生活費ねぇ…。ははは!ソルジャーは収入が安定しないからなぁ」
「笑うなよ。こっちは死活問題なんだよ」
「悪い悪い。でも、お前S級だろ?討伐報酬とかたんまり貰えるんじゃないか?」
「前の分が尽き掛けたから、こうやってでかいの狩りに来たんだろ。それまでちっこいのばっかだったからな」
「前の分ってぇと何時のだ?」
「三ヶ月ぐらい前か?ほら、異常繁殖した獣竜の討伐だよ。ありゃ、キリがなかったね。流石に疲れてその後三日間寝てたな」
「ああ、ダイヤの国のアレか」
「こっちにも話は届いてんだ?」
「そりゃぁ、おめぇ…。規格外の獣竜五十頭を一人で全部狩った奴なんて、お前さんぐれぇしかいねぇだろ」
「五十じゃねーよ。五十四だよ」
「こまけぇな…」

そんな他愛ない話をしている内に、目的地へと到着したらしい。馬車から降りてヤクノは大きく伸びをする。火竜が居るであろう場所へ向かおうとした時、ふと声を掛けられる。

「ヤクノ、気を付けろよ。この高原の直ぐ隣は王都だ。下手すっと騎士団が出てくるかもしんねぇぞ。もう居るかもしれねぇけどな」
「りょーかい。さくっと終われば良いんだけどな」
「まぁ、終わったらスモーク炊いてくれや。直ぐ駆けつけるぜ」

片手を上げて了解したと告げると、馬車は直ぐにどこかへと向かった。

「さて…」

ヤクノは身の丈程もある刃がかなり長い太刀と、和弓と洋弓の間のような弓を背負い直し、高原の方へと足を向けた。

「(……居るなこりゃ……)」

耳を澄ませば龍の咆哮が聞こえる。僅かだが何かが焦げる臭いもする。思わずヤクノは走る。出来る限り足音を殺し、気配を殺し、それこそ高原を吹く風に身を預けるかのように。

高原の南西部。ハートの国王都に極近い場所に、その火竜は居た。

「(……規格外にも程があんだろこれ……)」

目視で数十メートルあろうかと思われるその火竜。飛竜種ジークフリード。その体は深紅の鱗に包まれ、前足と翼は一体化し、俗にいうワイバーンの部類に入る。尻尾は体以上に細く長い。鞭のように撓らせれば、この固体なら岩程度簡単に砕くだろう。

深紅の巨体を大空へと浮かべ、上空から下へと狙いを定めその口から何百度という高温の火球を吐き出す。太陽に照らされたその巨体は、深紅の鱗が光を反射し、まるで太陽が二つあるかのようだった。

だが、火竜はヤクノの存在にはまだ気が付いていない。火竜は自分の足元でありのように散らばる無数の人間に気を取られている。

「(騎士団か)」

火竜と同じく深紅の隊服は、ハートの国騎士団の象徴でもある。その場に居る人間の数からして一個小隊は居る。火竜は散らばる人間に向けて尻尾を大きく振った。遠心力により威力が最大限まで上がっている尾先が地面に触れれば、その地面は一瞬にして抉れた。あれをもしも人間が喰らっていたらひとたまりもないだろう。

ヤクノはかなり距離がある位置から、火竜に向けて弓を構える。火竜がこちらに気付いていない今が奇襲を掛ける絶好のチャンスだ。

「…………」

弓の弦を限界まで引き絞り、狙いを定める。たえず動き回る火竜の行動を予測して、正確に狙わなければ奇襲にはならない。弓を引く左手がそろそろ痺れ始める。

火竜が息を大きく吸い込んだその時だ。

「(今だ!)」

放った矢は若干の弧を描き、そして、吸い込まれるように火竜の左目へと見事に突き刺さった。突然の予想外の攻撃に火竜は叫ぶ。左の視界を奪われた火竜は、足元の人間など気にしている場合ではなくなる。残された右目でヤクノの姿を捉えると、怒り狂った大咆哮。

「!!」

大地を揺るがすその咆哮に、思わず両耳を塞ぐ。咆哮が止んだと思ったら、ヤクノの目前に火球が迫っていた。

「あぶねぇな!」

火球を横に転がり避ける。そして体勢を立て直すまでもなく、転がりながらヤクノは矢を放った。二度目の攻撃は火竜の右翼へと突き刺さる。一度ならず二度までも攻撃を喰らい、火竜の怒りは頂点に達する。

火竜は先程まではほんの暇つぶし程度に、群がる人間を蹴散らしていた。しかし、我が身に攻撃を入れたヤクノはこの群がる人間とは違うと判断したようだ。火竜の右目はただヤクノだけを見ている。

大空からヤクノ目掛けて滑空する。捨て身の突進とも言えるそれは、火竜の巨体故に隕石が落ちてきたかのような錯覚する。

ヤクノは敢えて火竜に向かって走る。懐以上に入り込んでしまえば、逆に安全だからだ。火竜が地面を抉るように進むその股下を転がりぬける。そして振り向きざまに太刀を抜き、火竜の尻尾の付け根を斬る。一太刀では鱗に弾かれ刃が通らない。

火竜も振り返りざまに火球を吐くが、ヤクノはその火球を先程と同じように横に転がり避ける。そしてまた尻尾の方へ走り二度目の太刀を入れる。だがこれも僅かに鱗に傷が入った程度で、大したダメージにはなっていない。

体勢を立て直そうとしたヤクノの目前には、火竜が振り回す尻尾が迫っていた。それを地に伏せて何とか避けるが、次に火竜は脚でヤクノを踏み潰そうとした。

火竜の脚は自身が吐き出した火に触れても大丈夫なように、鱗は他の部位と比べて格段に厚く硬い。そんな脚に踏み潰されたら一瞬で内臓は愚か、骨まで粉砕されるだろう。ヤクノもその生態を把握している為、脚への攻撃は余りせず、尻尾や翼への攻撃を主としている。

「うおおお!?」

気合と根性で火竜の股下を潜り抜ける。ヤクノが一瞬まで居た所に、火竜のその脚が踏み下ろされ、地面には足跡が深く残る。

火竜の背後を取り、ヤクノはそのまま全力で走る。巨大な竜の一歩と、人間のそれとでは余りにも歩幅に違いがある。少しでも距離を取る為に、火竜の逆方向へと走る。

尻尾が届かない位置まで走り、再び弓を構えた。目標を見失った火竜は若干焦っているようにも感じた。こちらを振り向いたその瞬間に、ヤクノは矢を放った。先程右翼に刺さったままの矢の位置と同じ場所に打ち込んだ。

飛竜種も鳥類と同じで、翼を傷付けてしまうと空を飛べない。この火竜、ジークフリードも例外ではない。先程よりも深く突き刺さったその矢の性で、火竜は大空へ羽ばたく事は余りしなくなった。

「おいアンタ!!」

火竜へもう一発矢を放ったヤクノに、背後から声が掛けられる。彼が走った方角は、騎士団が居る側だったようだ。彼は首だけ後方へ向けると、案の定騎士団の団員が居る。

「ソルジャーか!?」
「そうだよ!!」
「階級は!?」
「S!!」

集中力を切らさないように、ヤクノは単語だけで返事をする。退治している今、火竜はこちらの都合を待ってはくれない。

騎士団の団員は驚いたように、もう一度聞き返す。

「S級!?」
「んな事はどうでも良いだろ!!」
「いやS級といえど、これは王国――」

その団員はヤクノに何かを言い返していた。だが、ヤクノはその団員の言葉を聞こうとはせずに、火竜を見た。見れば口の端から僅かに炎が呼吸のように出ている。直感で次に火球が来るであろう事は予測出来た。

自分一人だけなら避ければ良い。しかし直ぐ後ろに名も知らない騎士団の団員が居る。

「おい聞いて…」

ヤクノはとっさにその団員の襟の部分を掴んで、横に投げ飛ばした。自分も横に跳ぶが、僅かに遅れた。右腕に火球が掠り、彼の腕を僅かに焼いた。

「アイツとの戦いに集中しろ!!死にてぇのか!!」

利き腕でなくて幸いかと思いながら、ヤクノは火竜を確認する。

口から炎は零れていない。という事は火球の追撃はない。
火竜の視線は空を見ている。もしかしたら傷付いた翼でも飛べるか模索しているのだろう。
尻尾が地面を叩いている。威嚇か、それともタイミングを計っているのか。

火竜が羽ばたく。どうやら傷付いた翼でも飛べると判断したようだ。傷付いた翼では滞空に少しブレがある。

上空へ舞った火竜は、旋回を始める。まるで品定めをするかのように、獲物を狙うかのようにヤクノ達の上を舞う。

「(届かねぇな)」

傷付いた翼で遥か上空を舞う火竜に、矢は届かないと判断したヤクノは弓を畳む。仮に届く位置に居たとしても、右腕を負傷した今では弓の精度は先程より劣るだろう。

「失礼」

火竜を睨むようにして上空を見上げていたヤクノに、先程とは違う声が掛けられる。

金髪で深い泉のような青い色をした瞳の、ヤクノより背の高い男性騎士団員。ただ他の団員と違うのは、国章のついた腕章をしている事。年はヤクノとあまり変わらないこの男性は、ハートの国騎士団リーダーだろう。

「貴殿は腕の立つソルジャーとお見受けしましたが、お名前は?」

先程の団員よりも物腰が柔らかなこの男性に、ヤクノは名を名乗った。

「ヤクノ。アンタの名前は」
「ヤクノ…。ああ、貴殿があのS級ソルジャーの。私はブライアン。ハートナイツです」
「ハートナイツ、アンタが?」

ハートの国騎士団トップには、ハートナイツといったように、それぞれの国の名前にナイツとつけて名乗る事が出来る。ブライアンと名乗ったこの男性は、ハートナイツ。即ちこの騎士団のリーダーだ。

各国のナイツ達は、ソルジャー達の階級でいえば、全員がAからS級に相当するの実力を持つ。このブライアンも相当の実力者であろう事は、雰囲気で感じ取られる。ヤクノと会話しているが、注意は常に火竜に向けられている。火竜からの攻撃がきても、ヤクノは自分の身の安全を最優先出来るだろう。

「ベテランのソルジャーである貴殿にお聞きしたいのですが、あのジークフリードをどう見ます?」
「……。アイツは相当でかい。恐らく、この辺一体の火竜のボスだろうな。それから、相当賢い。早くしないと王都を狙いかねない」
「でしょうね。早く仕留めないと甚大な被害が出る」
「やれんのか」
「騎士団は国民を守る事が最優先です。その為にもあのジークフリードは逃がさずに、ここで仕留めておきたい」
「…………」

今だ旋回を続けている火竜を見る。こちらに動きがない事を火竜も判っているようだ。

「アイツを仕留めたら、この辺の飛竜種が縄張りを争う事になるぞ。その事判ってんだろうな」
「調査隊の報告でこの辺りの竜達は、それぞれのコミュニティを築いている。ジークフリードを討伐したところで、大きな縄張り争いはないかと。ギルド側もそれを承知の上で依頼書を発注しただろう?」
「……。今のハートナイツがアンタで良かったよ。形振り構わないようだったら、協力はしなかったな」

火竜はヤクノとブライアンを真っ直ぐに見ている。旋回する高度も少しずつ地上に近付いてきている。

「今の?」

ブライアンは引っかかった言葉を復唱する。しかしヤクノはそれについては、答えようとはしなかった。

「ヤクノ、貴殿はジークフリードを一人で討伐するつもりだったのか?」
「まぁな」
「そうか」

ブライアンは振り返り、団員達に告げる。

「全員退避!!二次被害が出ないよう王都周囲を守備せよ!!」
「は!?」

予想外の通達にヤクノを含むその他の団員達が驚く。

ナイツの実力がAからS級に相当するといっても、騎士団員達の実力はピンからキリまである。実力にバラつきが無いように編成してあるだろうが、それでも個々の能力の差が、勝敗を左右する。

勝てる戦い、勝たなければならない戦い、命を優先する戦い。様々な戦法は全てトップに立つ者に委ねられる。ブライアンはそれを見切り、敢えて信頼の置ける部下を下げ、出会ったばかりのヤクノを残す判断を下した。

「どういうこった?」

騎士団達は二人から距離を取り、王都の入り口で砲台を囲む。万が一、二人が取り逃した時の為の迎撃用だ。ヤクノは訝しげにブライアンを見る。

「貴殿が存分に暴れて、私の部下を斬ってもらっては困るのでね」
「さいですか」

眩しいばかりの笑顔で言ったブライアンに対し、ヤクノは苦笑いで返した。




上空からヤクノ達の動きを見ていた火竜は、動きがあった事を見届ける。低く唸り、自分が狙うべき相手を見る。金色の髪と、黒い髪の人間。他の散っていった人間とは目付きが違う。この二人の人間を倒さねば。他の人間は炎を吐けば直ぐに絶えるだろう。

だが、この人間は違う。

特に黒い髪の人間、私に的確に攻撃をしてくる。右の翼に刺さった矢が疼く。

この人間は早々に始末してしまおう。仮に刺し違えたとて構わぬわ。