ねこの嫁入り?(土沖):澪音様より



*相互リンク記念小説
*リクエスト内容:『ぼくはすてねこ』設定で(澪音様宅のシリーズ作品)
*設定:総司→孤児院育ち(中学生)、土方さん→総司の義父(里親)で高校教師



最近、悩み事ができた。

毎日胃に穴が開くほど悩んでいる。

だって、土方さん、すなわち僕の父さんに、彼女いる疑惑が浮上したんだ。

そりゃあ悩むよね。気にするよね。気にして当然だよね。

まだ中学生なのに、僕の胃に穴が開いたらどうしてくれるんだ。


きっかけはいたって単純。

土方さんのクローゼットから、女性の痕跡が見つかったんだ。

今月の始めくらいかな、中学最後の定期テストが終わり、僕は試験休みに突入した。

それと反対に、究極に忙しくなったのが土方さん。

教師も走る十二月とはよく言ったものだ。

毎日毎日帰りは遅くて、僕の勉強も見てくれないし、ろくに会話もしてくれない。

だけど僕っていい子だから、仕方ないかなって思ってさ、至って大人しくしてたわけだよ。

土方さんから出された受験勉強のノルマを達成して、同時に掃除洗濯家事全般もこなして。

まぁ、結果としてその頑張りが徒になったようなものなんだけど。

……寝室を掃除していたら、とんでもないものを見つけちゃったんだ。

女物の香水、しかも使いかけ!

タオルにくるんで、クローゼットの奥に仕舞い込んで…というか隠してあった。

土方さんは独身なのに、そんな風に隠してあるのはおかしいことだ。

まぁ、僕に色々気を使ってくれてるのかもしれないけど、別に見られたとしてもやましい相手ではないでしょ?

だから僕は、土方さんてば彼女持ちどころかニ股中で、見つからないように片方の香水を隠しておいているのかもとか、二股どころか三股も四股もかけてる可能性だってあるかもとかあらぬことばかり考えて、食器を割ったり指を切ったりしまくった。

土方さんが帰ってきたらどんな顔をして出迎えればいいんだろう、と始終そわそわした結果、家の中で転んで派手な痣も作った。


確かに、彼女の一人や二人いても、全くおかしくはない話なんだ。

あの顔だし、健全な男性だし。

僕は自慰なんてやり方もよく知らないし、たまにトイレでこっそりやるくらいだけど、土方さんは性欲強そうだしね。

まぁ、ごにょごにょ悩んでないで土方さんに直接聴けばいい話なんだけど、そんなの無理。

だって、彼女いるんですかって聞いて、うんって言われた時の衝撃とか喪失感とか考えると、とても耐えられる気がしないんだもん。

そりゃあね、土方さんだっていい年なんだし、結婚して色々世話を焼いてもらった方がいいだろうってことは分かってる。

僕というこぶまでついちゃって、老後のこととか考えると大変だしね。

だけどさ。もし奥さんとなる女の人に僕が虐められたら?

虐められて目の敵にされてムカついたから逆襲してやったら、奥さん(仮)が土方さんに泣きついて、土方さんに僕が誤解される羽目になったりしたら?

……土方さんと奥さん(仮)との間に子供ができるっていう最悪のシナリオだってある。

そんなの僕嫌だね。

だけど我が儘言って土方さんに嫌われたくないし、土方さんを不幸にもしたくないから、そうしたらもう僕は出て行くしかなくなっちゃうんだよ。

そんなのも僕嫌だね。

そういうわけで、何をしてもいい方には転がってくれなさそうだし、触らぬ神に祟りなしともいうし、僕は何も言えずにいる。

そうして、長い長い一週間が過ぎた。




「お前、最近ちょっと変じゃないか?」


もうすぐ終業式というある日の夜、珍しく早く帰ってきた土方さんが、夕飯を食べながらそう言った。


「………変って?」

「いや…なんか、ボーっとして、上の空なことが多いような気がしてよ」


土方さんはいつもより目を細めて、様子を伺うようにじっとこちらを見据えている。

…うわぁ、さすがというかなんというか、鋭いね。

背中に冷や汗をかきながらも、何でもないと誤魔化すことにする。


「土方さんてば、最近ろくに僕としゃべってないのに、どうしてそんなことが分かるの?」


ちょっと痛いところをつついてみると、土方さんはあからさまに狼狽えた。

そこへ追い討ちをかけるように続ける。


「僕は昔っからずっとこうですよ。土方さんは知らないだろうけど」


あ、今度はムッとした顔になった。

ふん、これくらいの意趣返しは許されないとね。

僕に隠れて彼女なんて作った罰だ。


「今日はヤケに突っかかってくるんだな。やっぱりお前、ちょっと変だぞ」

「変で悪かったですね。どうせ僕は変な子ですよ」

「何だよ…反抗期か?」


土方さんは先ほどとはうって変わって余裕な態度になり、ニヤニヤと笑いながら僕を見てきた。

……なにさ。反抗期だと何か嬉しいことでもあるの?

僕はとうとう我慢ならなくなった。

僕がこんなに悩んでるのに土方さんは余裕綽々でいることが、無性に腹立たしかった。

ダンッと音を立てて立ち上がり、箸を乱暴に置く。

驚いて目を見開く土方さんを、思い切り睨みつけてあげた。


「そういうのやめてください、ムカつくんで」

「……総司?」


土方さんは、眉間に皺を寄せて僕を見上げてきた。

まさに、どう扱えばいいか分からずに考えあぐねている顔だ。

別に、こんな顔をさせたいわけじゃないんだけど。

僕だって寂しくて、トゲで自分を守る以外、どうしていいか分からないんだ。


「お前、本当にどうしたんだよ、何があった」

「……別に、何も?」

「何もない態度じゃねぇだろうが。父親に隠し事はするな」

「…自分だってしてるくせに」

「あぁ?」

「土方さんのバカって言ったんですよ」


土方さんは、一瞬傷付いたような顔をした。

咄嗟にしまった…と思ったけど吐いてしまった暴言は取り消せない。

シーンと静まり返った空気に押しつぶされるようなストレスを感じて、僕は苛々と唇を噛んだ。

土方さんに素直に悩みすら打ち明けられず、当たり散らすことしかできない自分が嫌でたまらない。


「…お前、父親に向かってバカとはなんだ」


土方さんは徐に立ち上がると、恐ろしく低い声で言った。


「勝手に不機嫌になったかと思ったらキレられて、こっちはたまったもんじゃねぇよ。理由くらい言ったらどうだ」

「急に父親面なんかしないでよ!夏休みだって最近だって、ずっと僕のこと放置してたくせに……!」


土方さんが正論を言っていることくらい分かる。

だけど、全ての元凶は土方さんが香水を隠してたことなわけで。

どうしても自分の落ち度を認めたくない僕は、苛々と暴言を吐きまくった。


「ここ数週間、ろくに口も聞いてくれなかったじゃないか!僕のこと顧みもしなかったくせに、何で勝手に不機嫌になったとか言うんですか!」


ダンッと再びテーブルを叩く。

そのままうなだれて、僕はテーブルの木目をぐっと睨みつけた。


「……要するに、お前は俺に山ほど不満があるってことか?」

「………」


土方さんに、じっと見られているのを感じる。

この場合、不満というよりはむしろ僕が勝手にいじけてるだけだと思う。

あと、不安に怯えているだけ。

何か言わなくちゃと思うのに、喉奥に何か詰められたような声が出ない。


「そういうことだな?総司」

「…………」

「黙ってたら分からねえだろうが」


土方さんが、苛立って髪をかきあげるのがチラリと見えた。


「…………」

「……はぁ、もういい」


極限状態の僕の心に拍車をかけるように、その言葉は聞こえてきた。

心底疲れきったような土方さんの声音に、足がガクガクと震える。


「もう、勝手にしろ。俺に不満があるんだろ?だったら出て行くなりなんなり、お前の好きにすればいい」

「…!」

「どこかで新しい親を見つければいいだろ。俺よりも優しくて、面倒見がいい奴を」

「っひじ、」

「俺だって、てめぇみてぇに突然キレる息子なんざ願い下げなんだよ」


呼吸の仕方を忘れたように、胸が苦しくなった。

眉間に力をこめ、瞬きを繰り返して、落ちそうになる涙を堪える。

そのまま一ミリも動けずにいたら、土方さんは深々と溜め息を吐いてから、黙って寝室に行ってしまった。

呆然と椅子に座り込み、すっかり冷え切ったご飯を眺める。

土方さんが前に美味しいと言ってくれたからもう一度作ってみた肉じゃがが、干からびて転がっていた。


「いいもん……勝手に嫌いになればいいんだ、僕のことなんか。僕だって土方さんなんて嫌いなんだから」


怒っている振りをして落ち込んだ自分を励ましてみようかと思ったけど、吐いたセリフは虚しくリビングに響いただけだった。

やっぱり自分自身は誤魔化せないみたいだね。


「はぁ…」


土方さんをここまで怒らせてしまったのは初めてだと思う。

確かに、疲れきって帰ってきたのに不機嫌丸出しの息子のご機嫌を伺う羽目になり、その上バカだの何だの理由もなく罵られたら相当腹も立つだろう。

だけど僕にはどうしようもなかった。

結婚を前提に付き合ってる人がいるとでも言われたら、立ち直れない自信があったんだ。

土方さんを独占していたかった。

一人ぼっちになりたくなかった。

……まぁ、結局一人ぼっちになってるけど、今の僕。


「はは………」


僕は食器を適当に押しやると、ドサリとダイニングに突っ伏した。

土方さんが出て行けと言うなんて最後通告かもしれない。

だけど、今出て行くわけにはいかないと思うんだ。

だって、二度とここに帰って来られなくなる気がするし。

だから、朝までここで頭を冷やそう。

何て謝ればいいか、必死になって考えよう。

僕は後から後から溢れ出る涙をゴシゴシと擦りながら、僕にこの上なく優しく接してくれていた土方さんを思い出してはまた泣いた。


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