秋の夜長の二人記念日(土沖/戦後/『土沖夫婦の日』記念)


*拍手御礼小説第十九弾
*掲載期間:2013.10.04〜2014.05.05
*2013年版『10/4 土沖夫婦の日(トシさんの日)』記念小噺です
*個人的に発信しているものですので、土沖クラスタ共通の記念日ではありません



「土方さん、夕餉の支度出来ましたけど?」

「……。」

「土方さん、」

「……。」

「ひ〜じかたさ〜ん?」


つーん―――。


そんな表現が妥当なのではと思うほど、唐突に始まった彼の無反応に困惑する。
朝、いや、昼までは普段と変わりなかったはずなのに、真意がまるで理解できない。

(この人が臍を曲げるようなこと、何かしたっけ…?)

自分で言うのもアレだが、今日はとても良い子にしていたと思う。
布団に入れと言われれば大人しく従ったし、外に出たい気持ちを抑えて一日療養に努めた。

言う通りにしたというのに、それでもなお気に入らないことがあったのだろうか。

「土方さん…」


つーん―――。


「土方さんってば…!!」

いい加減しびれを切らして声を荒げると、伏せていた瞼が上がり、顔を覗かせた紫の瞳が訴えかけるようにこちらへ向けられた。
皆まで言わねぇ、視線から察しろ…そう告げられている気分だ。

…がしかし、察しろと言われても、何時の何に対して思うところがあるのか、それすら自覚できていない今の自分にそれを言い当てるのは、最早不可能に近い芸当である。

『旦那の意思も汲めねぇような不出来な嫁は、俺の伴侶失格だ。』

そういうことなのだろうか…土方は、自分を試しているのだろうか。
だとすれば、少しばかりやり方が意地悪過ぎやしないだろうか。

意地悪は、自分の特権だというのに…―――。


「わかりませんよ、ちゃんと言ってくれなきゃ…っ。」

眉がハの字に歪み、声も沈んで震えを帯びる。
この先起こるであろうことを考えたら、自然に気持ちは急降下だ。

「……ったく、なんて顔していやがる。」

「ふぇ?」

梃子でも動かない雰囲気を醸し出していた土方の口から、突拍子もなく言の葉が紡ぎ出される。
間が抜けたというか、根負けしたというか、仕方のない奴だと苦笑するような。

「押してもダメなら引きやがれ、方法なんざ幾らでもあるだろうが。」

「はぁ?押すとか引くとかどういう…」

「夫婦になってからのこれまでを一から思い返してみるこったな。助言してやるのはここまでだ。」


夫婦になってから…ということは、それなりに長い間不満に感じていた『何か』があるということ。

屯所にいた頃に比べて悪戯の回数を減らしたので、物足りなさを感じている?
いやいや、流石にそれは無いだろう。あったとしたら土方の感性を疑った方がいい。

ならば、食事の味付けだろうか?…いや、それも違うだろう。
この数か月かなり試行錯誤して上達したと自負しているし、千鶴の手料理には負けるが、一般的な男の料理よりはマシになっていると思う。

夜については、あえて触れないで置こう。
こればかりは下手に口を滑らせるとその気がなくとも引き出しかねない。

(もしかして、名前…とか?)

様々に思考を巡らせて行き着いた答えは、改めた試しのない伴侶の呼び名だった。
苗字のまま呼ぶ期間が長かったせいか、どうにも恥ずかしくて、ついついそのままにしていたのだ。

正解である可能性は極めて高い、それなのに、素直になれない己の口は容易にそれを紡ぎ出させてはくれない。

高鳴る鼓動、ドクンドクンと脈を打つ大きな雑音が煩く響き渡って、心を掻き乱していく。
呼んでみたいという好奇心、恥じらいの気持ち、正反対の感情がひしめき合って押し合いへし合いを繰り返す。


「……し、さ…」

「あん?」

「…と、とし……っ、トシさん…っ!!!」

見つかったら最期という大変に難しい内偵を命じられ、張り詰めた空気の中、息を殺す。
そんな極限の緊張感よりも、刀から離れた今の自分には土方を名前で呼ぶ方が何十倍、何百倍も凄まじく勇気を必要とする難敵であった。

顔から火が出ているのでないかと思うほどに、体温が急上昇する。
もくもくと湯気まで立ち昇りそうな勢いだ。

「…ぷっ、くく…―――。」

「わ、笑うなんて酷い…!!土方さんの性悪!!鬼畜外道っ!!」

「『トシさん』だろ、二言目には忘れてんじゃねぇよ。」

一転して、ぷくっと頬を膨らませた自分の額を、土方の指先がこつんと小突いてきた。
痛みは感じなかったが、衝撃を受けた場所に反射的に手を伸ばそうとすると、その手を攫うように引きながら、ゆったりとした手つきで、胡坐を掻いた己の膝の上に招き寄せられる。


「もう一回、ちゃんと呼んでみてくれねぇか。」

「はいはい…って、簡単に呼んであげると思ってるんですか?」

「そりゃあれか。お前にとって『俺の名前を呼ぶ』ってのは、けして安くねぇ行いってことなんだな。」

「自惚れないでくれません?ただ…相応の見返りがあるのなら、特別に呼んであげてもいいですよ。」

やられっぱなしは性に合わないので、ここぞとばかりに反撃を試みる。
すると、案外あっさりと頷かれてしまって、ちょっぴり拍子抜けしてしまった。


今度は、先ほどのような挙動不審さを窺わせたりしないように、大きく大きく深呼吸をする。
気持ちを落ち着けて…はっきりと、土方の心までしっかり届くように。

「トシ、さん…。」

精一杯、優しく声音を響かせて呼んでみせると、満足気に笑った彼との距離がゆっくりと縮まり、そして…互いの唇が触れた―――。


― fin ―

2013.10.04




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