木漏れ日の下でおやすみ(土沖/戦後)



*拍手御礼小説第十一弾
*掲載期間:2012.07.17〜2012.08.23


江戸や京にいた頃はじめじめとして毎日憂鬱だったこの時期も、最北の地ではまるで違う。

長い冬が終わり、草木芽吹く春を向かえ、初夏にはからっとした爽やかな風が頬を撫でる。

雪深い時分には慣れない生活にあれこれと苦労もしたが、一年を通してさほど気温が上がらないこの地の気候は、暑さに強くない総司にとって殊更過ごし易く、また病に蝕まれた身体の回復にも良い作用をもたらしてくれていた。

いくら効果が薄まったとはいえ、二人が羅刹であることに変わりはない。

しかし、蝦夷で暮らし始めてからというもの、日の光の下で活動することにあまり不便を感じなくなった。
日差しの強すぎる日はさすがに堪えるが、常と同じように日光浴をするくらいならばむしろ気持ち良いとさえ感じられる。

周囲が高々とした木に囲まれた森であることもあり、青々とした新緑の隙間から差し込むやわらかな光を浴びながら寄り添い合って昼寝をすることが、穏やかな日々を取り戻した今の二人にとっての最高の贅沢なのであった。



「土方さ〜ん?土方さん、どこですか〜?」

二人分の握り飯と冷茶が入った水筒を持ち、総司は森の中を歩いていた。
たまには変わったネタで句を詠みたいと出掛けた土方に弁当を届け、自分も一緒に昼食を摂る為だ。

新選組に属していた頃の土方は仕事の虫で、酷い時には食事や睡眠も平気で疎かにするような人だった。

何日も自室に引き籠り、漸く出てきたかと思えば会津藩邸に行ってくると息つく暇もなく、そして・・・戻ってきたらまた仕事。
いつか身体を壊しやしないかと、口に出せないまでも不安は常に付き纏った。

だからこそ、今の土方が穏やかに毎日を過ごせている事実がとても嬉しく、そんな彼の傍に寄り添える自分が幸せで幸せで堪らない。
呪われたあの薬に手を出すと決めた時に捨てたはず未来が、現のものとなって自分達二人を包み込んでいるのだから。

「ひ〜じかたさぁ〜ん?」

「総司、こっちだ。」

幾度目かの呼び掛けでやっと応えが返ってくる。
耳に届いた声を頼りに進んでいくと、他の木々よりも一回り近く大きな木の下で土方が手招きしていた。

ほんの一刻ほどしか経っていないというのに、愛しい人の姿を瞳に映せば自然と湧き上がるきゅんとした気持ち。
緩やかだった歩が無意識に早くなり、やがて小走りに変わると、生い茂る草を踏みしめながら急くように駆け寄っていった。

「土方さ・・・っ、あ―――!!?」

注意力が散漫になっていたせいか、足元に落ちていた石に躓き、ぐらりと体勢を崩してしまう。
弁当を抱えているせいで両手が塞がっており、このままでは手をつけないと思った次の瞬間、ぽすんという音と共に身体が抱き留められた。

地面に倒れ込む前に受け止めてくれたのだと思うと、彼の優しさにさらに胸が躍り、そして心にほっとあたたかなものが灯っていく。
些細なことだが、そんな土方の思いやりが素直に嬉しかったからだ。

「ちゃんと前見て走って来い。怪我なんてされちゃあ堪ったもんじゃねぇ。」

「ふふっ。だって、土方さん見つけた〜って思ったら嬉しくなっちゃったんですもん。」

「ったく、お前は・・・。逃げたりしねぇから慌てんなよ。」

こつんと額を小突きながら苦笑する。
顔を合わせれば憎まれ口しか叩かなかったあの生意気な総司が、よくもここまで素直になったものだと柄にもなく感心してしまった。

かくいう自分も随分と丸くなったような気がする。
きっと、互いに越えてきた時間や離れていた時間が、相手に対する気持ちをより透明なものへと変化させ、ありのままの己を曝け出すことを良しとしたのだろう。

怪我の功名ではないが、幾度となく別離を覚悟して歩んできた人生だからこそ、許された幸福な時に身も心も酔いしれたいのかもしれない。

そう遠くない未来に儚く散る定めなのだとしても、直向に愛し合いたいのかもしれない。



遅めの昼食を済ませると、太い幹に背を預けるようにして一休みする。
深い森の奥に在る此処に、人里の喧騒は一切無縁。

耳を掠めるのは、風が木の葉を揺らす音や小川のせせらぎ、それから鈴音の如き鳥達の囀り。
そして、愛する者の心地良い息吹のみ。

「生きるか死ぬかの毎日だった頃は考えもしなかったけど、こうやって大自然の中、森の囁きに静かに耳を傾けるのって何だか凄く心が安らぎませんか?」

「あぁ、そうだな。あの頃の俺達には立ち止まってる余裕も、深呼吸して気持ちを落ち着けている余裕もまるで無かった。・・・果てる場所を求めて彷徨う、生きた屍のようにな。」

我武者羅に走り続けた過去を思い、ただ愁う。

多くの戦友(とも)を亡くし、居場所を失い、それでも止めることの出来なかった己。
信念を貫き通した先に待っていたものは、数多思い描いた理想の形ではなかった。

だが、これだけは断言出来る。
今の自分達は、辿ってきたどの時よりも一番幸福であると。

守りたい人が隣にいて、残りの人生を共に歩んでくれている。
手を伸ばせば触れる事が出来、愛を囁けば応えてくれる。

求め、甘え、愛すること。

あぁ・・・自分達は何て幸せのだろうか。


「きっと、お互い残された時間は長くないと思います。・・・長くないからこそ、大事に大事に生きましょうね。どちらが先に逝くことになっても、後悔しないように。」

「すまねぇな、総司。『お前を置いて先に逝ったりしねぇ』と言ってやれねぇ俺を、どうか赦してくれ。」

「とっくに赦してますし、覚悟も出来てます。・・・あ、『泣くな』なんて言わないで下さいね?そんなの、絶対無理に決まってるんですから・・・。」

「んな野暮なこと言うかよ。そういうお前こそ、『自分が死んで悲しむな』とかぬかすんじゃねぇぞ。」

「あれれ?もしかして土方さん、泣くつもりなんですか?天下の鬼副長さんも、随分と涙脆くなっちゃったんですねぇ。」

「う、うるせ・・・っ!!それだけお前を想ってるってことだろうが!!」

けらけらと笑う総司に切ない空気をぶち壊され、苦し紛れに声を荒げる土方。
顔どころか耳までも真っ赤にする姿は何とも初々しいというか、女遊びは手馴れたものという若かりし頃の面影は今や露にも感じられない。

しな垂れ掛かるようにそっと頭を土方の肩へ預けると、総司は吐息を漏らすような声で言った。

「ずっと、一緒にいて下さいね・・・土方さん。」

「総司・・・。」

「土方さんと一秒でも長くいられるのなら、僕・・・頑張って生きますから。」

他人(ひと)の役に立つ為じゃない。
自分の為に、二人の幸せの為に、少しでも長く息をしていたい。

それが僕の、今生での最後の願い―――。


甘えるように身を寄せながら寝息を立てる総司を見、土方はふっ・・・と口元を綻ばせる。
身の内に納まりきらない愛しさが滲み出てくるかのように、その表情は至極穏やかだった。

「生きろ、総司・・・少しでも長く。俺もお前の為に、精一杯生きてみせるから。」


夢の中にいる総司の身体をやんわりと腕に抱くと、証を立てるかの如く額に口付けを落とし、温もりを感じたまま自らもゆっくりと瞳を閉じていくのだった―――。


― fin ―

2012.07.17




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