甘え猫のしるし(土沖/幕末)
*拍手御礼小説第八弾
*掲載期間:2012.04.08〜2012.05.19
「ど、どうしたんですか!!それ!?」
「あん?」
春の嵐よろしく、土方の自室の戸を断りもなく軽快に開け放った総司は、着替え中の彼の背を見るなり悲鳴にも近い声を上げ、驚愕にわなわなと身を震わせた。
中途半端に脱いだ状態の寝間着を今一度纏うと、何事かと思いながら土方がそちらを向く。
「朝っぱらから喚き散らしやがって、何事だ?」
「そ、それ・・・。背中・・・っ!!」
「背中?」
背中が一体どうしたというのだろう。
主語のみをぽんと口にされてもさっぱり理解出来ない。
部屋の入り口で固まってしまった総司を促して中へ入れると、全開になった障子戸をぴたりと閉めてから改めて問う。
「で、俺の背中が何なんだよ?はっきり言わねぇとわかんねぇだろうが。」
前で腕を組みながら首を傾げる。
すると、相変わらず言葉を詰まらせながらではあったが、漸く総司が明確な答えを口にした。
「赤い線が、な・・・何本も。引っ掻き傷、みたいな。」
姿見があるわけではないので肉眼で確認することは不可能だが、これだけの驚き様だ、嘘偽りを言っているとも思えない。
背中ならば普段は着物で隠れてしまっているし、近頃は湯浴みも一番最後の誰もいない時間だった。
こうして直に素肌を晒さなければ、もしかすると気付くことすら無かったかもしれない。
口にしたことで弾みがついたのか、総司は顔を顰めながら勢い良く詰め寄り、心配とも怒りともつかぬ声音で間髪を入れず問い詰めてくる。
「僕の知らぬ間に土方さんが傷物になっているなんて許せません!!何処の誰にやられたんです!?」
「傷物って、お前・・・。俺だって今気付いたんだぞ、んなもん知るわけねぇだろうが。」
「こんなに沢山傷があるんですよ!?下手人に心当たりが無いわけないじゃないですか!!まさか・・・僕に隠れて、誰かと密会しているんじゃないでしょうね!?」
「してねぇよ!!」
いつの間にやら浮気詮議と化している言い回しに終始タジタジの土方。
常日頃あんなにも悪戯を仕掛けて怪我をさせてくるくせに、自分は良くても他の人間は駄目だと言わんばかりの凄まじい威圧感だった。
喧嘩に発展する寸前まで口論が熱を上げ始めた時、ふと土方の脳裏にある訳が過ぎった。
むしろ、それ以外考えられないという決定的な理由である。
無数の引っ掻き傷、しかもまだ赤々しいということは、付けられてからさほど長い時間が経っていないということ。
いくら書類仕事が多いと言っても、自分は新選組の副長であり一介の剣客。
そう易々と他人に背中を晒すことは有り得ない。
ということはつまり、己が最も無防備な時に自然な形で付いてしまったと考えるのが妥当だろう。
そのような真似を出来る人物など、どう考えても一人しかいないのだ。
「ちょっと待て、総司。」
「何です!?言い訳なら聞きませんよ!!」
「違ぇよ。見つけたぜ、下手人の心当たり。」
得意げな表情で言ってのけると、総司の眼光が一際鋭さを増す。
これが、真相を知った時にどういう風に崩れるのかと考えたら、何だか不思議と胸躍るものがあった。
「下手人はな・・・・・・お前だ、総司。」
「・・・ふぇ?僕、ですか?」
「あぁ、そうだ。間違いねぇ。」
予想外の答えにぽかんとし、くりくりとした翡翠を何度も瞬かせる。
あまりの愛らしさに、土方の口からは無意識に笑みが零れていた。
「背中に引っ掻き傷って言ったな?俺にそんなもんを付けられる奴は、お前しかいねぇんだよ。」
「え?だって・・・そんなの、全然記憶になんか・・・。」
「ま、無理もねぇか。俺のこと以外考えてる余裕なんざ到底ねぇだろうしな。」
「・・・っ!?それ、もしかして・・・!!?」
心臓が大きく跳ね上がり、身体中の熱が一気に集まってくる感じがした。
頬どころか顔中を真っ赤に染め、鯉のようにぱくぱくと意味も無く口を動かす。
犇いていた様々な感情が一気に吹き飛び、そこには最早、度を越した羞恥の心しか残されていない。
「ん・・・っ。」
土方は総司の背をそっと引き寄せ、腕に抱いた彼の唇に己のそれをゆっくりと重ねた。
下唇をぺろりと一舐めしてから、柔らかな弾力を持つそこを塞ぐと、ねっとりと舌を絡ませて甘く甘く口付けていく。
やがて翡翠が潤み、視線がとろんと蕩けると、僅かに唇を離して一言こう言った。
「いくらだって付けさせてやるよ、総司。だから・・・もっと俺に溺れちまえ。」
背に刻まれる傷跡は、愛しい猫の甘えのしるし。
愛し愛され、互いに溺れ、許した心のその証―――。
― fin ―
2012.04.08
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