泡沫絵草子〜終章〜(総司受+沖斎)
*10000hitフリー小説
*終章にメインCPはありませんが、若干『土沖』寄りです。
無事屯所まで帰り着いた総司は、山南が用意していた元に戻る為の薬を飲み、就寝までの残り時間を近藤や土方達と共に過ごした。
薬が効き、元の身体に戻れるまでには最低でも一晩掛かるらしく、昼間のような事件を再び起こさないようにする為にも、幹部総出で総司のことを見守ることにしたというわけだ。
首謀者である山南も、まさか総司が風間に攫われるなどという事態までは予測出来なかったのか、多少は申し訳無さそうに謝罪をしてきた。
・・・あくまでも『多少』だが。
謝る傍らで「是非ともまた協力して下さいね・・・。」と呟き、妖しげに眼鏡を光らせているその姿には、皆悪寒が走った。
「昨日は本当に酷い目に合わされたよねぇ、一くん。」
「あの人の実験好きにも困ったものだ。総長としても人としても尊敬に値する人物だが、何故新薬を開発するとあのように人が変わってしまうのか・・・。」
「毎度毎度試される僕達の身にもなってほしいよね。ま、それを気に出来るのなら、そもそも手当たり次第に薬を盛ったりはしないだろうけどさ。」
縁側に腰掛けながら、茶を片手にのんびりと世間話をする総司と斎藤。
話題は主に昨日のことについてだが、いつの間にやらそれは山南への苦言に変わり、その度に重いため息が二人の口から漏れ聴こえてくる。
「でもまぁ、結果的には近藤さんが小さい僕を見て喜んでくれたりしたし、全てにおいて不満だらけだった訳でも無いのが本音かな。もちろんあんな経験は二度と御免だけど。」
「確かに就寝前の数刻の間、近藤局長も土方副長もあんたの姿を見て大層喜んでおられた。お二人の心を和ませるという意味では、あんたはこれ以上に無い仕事をしたことになるだろう。」
「刀も振るえない、何の力も無い僕でも、近藤さんの役に立てた。それは・・・ちょっと嬉しかったかな。」
流れる雲を見つめていた総司の口元にうっすらと笑みが浮かぶ。
それを横目に見る斎藤の表情も心なしか柔らかで、二人を取り巻く空気は次第に優しいものへと変わっていった。
「さてと・・・一番組の巡察は夜だし、僕ちょっと出かけてくるね。」
「何処へ行くつもりだ?」
「内緒。大丈夫だよ、昨日みたいに行方不明になったりはしないからさ。」
盆の上に持っていた湯呑みを置くと、草鞋を履き、庭を抜けて軽快に門の方へと歩いていった。
大人の足で歩くと、あれだけ遠く感じた道のりも何てことはない。
目線の高さが違うだけでこんなにも周囲の風景が違って見えるだなんて、本当に不思議なこともあったものだと、総司は心の中で思った。
市中の外れ、都と外との境に位置する辺りを歩き回っていた総司は、目的の人物の後姿を目端に捉える。
行商の荷物を背負う癖毛の青年は、自分のした警告に従いこの地を離れようとするところだった。
着物の袖に仕舞っておいた小振りな包みを取り出すと、絶妙な力加減でそれを放り投げる。
弧を描きながら舞い上がった包みは、見事に対象者の後頭部に直撃した。
突然の衝撃に悶える姿を見てくすりと微笑むと、早々に踵を返して人波に紛れ込む。
「二度と戻ってくるんじゃないよ、井吹くん。・・・・・・ありがとう。」
似た境遇の子供時代を過ごした二人。
しかし・・・この先進む道はそれぞれ違うもの。
果ての未来に再び見えることがあるとしたら、その時は―――。
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