泡沫絵草子〜紫色の章〜(土沖/幕末)
*10000hitフリー小説
*本章のメインCPは『土沖』となります。
井吹と別れてから総司は当てもなく市中を歩き回った。
先刻のようにどこか店にでも入って道を尋ねれば良かったのだが、また知り合いに出くわすのではないかと思うと、どうも気が進まなかったのだ。
京の都に親しくする者などいない・・・そんなことは百も承知だった。
だが、あの時の井吹とのやりとりが頭の奥にこびり付き、他者との関わりをどうしても敬遠させる。
あのような気持ちにさせられるのは、もう二度と御免被りたかった。
行商の荷物の中に入っていた子供用の草履を履かせてくれた為、直に地面に足をついて歩いていた訳ではないが、子供の身体でこれだけ長時間歩き続ければさすがに足も動かなくなってくる。
度重なる全力疾走も効いてか、総司の疲労感は殊更凄まじいものとなっていた。
休み無く歩き続けたこともあって何とか見知った場所に出られたものの、体力の方は既に限界で、一先ず近くの川の土手に腰を下ろす。
早く屯所に帰り着きたいのは山々だったが、疲れ果てた両脚は己の意思に反してまともに動いてくれない。
周囲に人がいないのを良いことに、総司は両手両脚を大きく広げて草むらに寝転んだ。
これだけ着崩れてしまえば、最早着物の汚れや乱れなど一寸も気にはならない。
薄暗くなり始めている空に視線をやりながら、全身の力を抜くように深呼吸を一つした。
「・・・なんて、情けないんだろう。」
呟くようにぽつりと漏らしたその言葉は、他ならぬ自分自身へと掛けたもの。
労咳に侵されたことで、少しずつではあるが体力は落ちてきていた。
だが、そんな大人の自分よりも遥かにこの身体は弱い。
体力的な問題だけではない、心が弱いのだ―――。
「今の僕は、誰の役にも立てない・・・。近藤さんの為にも、新選組の為にも、僕は・・・。」
じわりと視界がぼやける。
熱くなった目頭を押さえるように右腕で両目を覆い隠すと、堪えきれない嗚咽が口端から小さく漏れた。
「総司っ!!どこだっ!!」
ふいに耳に入ってきた大きな声。
はっとして上体を起こすと、それと同じくするように声の主もこちらの姿を捉えた。
このような形をしているのにも関わらず、一目でそれが総司であるとわかったのか、切羽詰った余裕の無い表情ですぐさまこちらに駆け寄ってくる。
次の瞬間、華奢な身体はその者の腕の中にすっぽりと納まっていた。
「この大馬鹿野郎!!一体どれだけ心配したと思ってやがる!!」
「ひ、じかた・・・さん。」
密着した身体から伝わる脈動が早い。
それは、土方どれほど必死に自分のことを捜してくれていたのかという証でもあった。
苦しささえ覚えるような力強さで以て、ひしと総司を己の腕に抱く土方。
開口一番に飛んだ荒々しい言動と強い腕の力の反面、彼の身の内からは怒りと思しき感情は微塵も感じられない。
むしろ、心底安堵しているようであった。
「風間の野郎に連れて行かれたと斎藤から聞かされた時、どれだけ俺が肝を冷やしたか・・・!!」
「ごめんなさい・・・。ごめんなさい、土方さん・・・迷惑を掛けて・・・・・・。」
「迷惑だなんて思ってねぇ。・・・無事に戻ってきたのなら、それだけで十分だ。」
張り詰めていた心の中の様々なものが、ぷつりと音を立てて切れる感じがした。
涙をぼろぼろと零し、幼子の如く声を上げて泣く。
すると土方は何も言わずに、総司が泣き止むまで優しい手付きで頭を撫で続けた。
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