泡沫絵草子〜終章〜(総司受+沖斎)




用事を済ませ、屯所に帰営しようと思い歩いていると、前方の道を妨げて立つ明るい金の髪。
自信家の如きその表情を一見するなり、総司ははぁ・・・とため息を吐いた。

「そこ、退いてくれない?通行妨害なんだけど。」

「元の姿に戻ったか。娘のように愛らしい貴様も中々に興味をそそったが、やはりその姿こそ最も美しい。」

「僕の話聞いてる?退いてくれないのならばっさり切っちゃうよ。」

「自分の夫に刃を向けようというのか?くくっ、これは面白い・・・。」

「面白いのはあんたの頭の中だよ・・・。」

楽観的というか、話が噛み合っていないというか。
どうやら風間は腕に似合わず相当の馬鹿らしい。

・・・元より重々承知のことではあったが。


「さぁ行くぞ、我が妻よ。今度は昨日のように逃したりはせん。優秀な鬼の頭領たる俺の下で、誠心誠意尽くすがいい。」

「寝ぼけたことぬかしてんじゃねぇよ!!この変態が!!!」

抜き身の刀を向けながら躍り出たのは、艶のある長い黒髪。
守るように総司を背に庇いながら、鬼の形相で睨みを利かせる土方だった。

「土方さん、どうしてここに?」

「藩邸に行った帰りに偶然な。風間・・・てめぇ性懲りもなくまた総司を攫うつもりだったのか!!」

「攫うもなにも沖田は俺の妻だ。夫が妻を迎えに来て何の問題がある?」

「総司はてめぇのもんじゃねぇ!!想像で盛り上がんのは勝手だが、こっちまで巻き込むな!!」

二人の間を緊張が走る。
賑やかな往来と相反するように、この一角だけが凍りつくようなぴりぴりとした空気に包まれていた。

しばし睨み合っていた二人だったが、ふいに興が醒めたとでもいうような仕草で風間が視線を逸らす。

すっと横を通り抜けると、去り際に一言「今は貴様に預けておく。」と土方に残して歩いていってしまった。



あまりにあっさりとした退散にきょとんとする総司の後ろで、土方が刀を納める。
すると徐に総司の手を取り、その場から離れようと歩を進め出した。

「ったく、お前は危機感が足んねぇんだよ。もし俺が割って入らなかったら、昨日の二の舞になってたぞ。」

「そんなことありませんよ。今日の僕は大人なんですから。」

「大人だろうが子供だろうが関係ねぇ。またあいつに難癖付けられねぇうちにさっさと帰るぞ。」

「え〜。せっかく出てきたのに、こんなすぐ帰っちゃうんですかぁ?」

手を引きながら早足で歩く土方の腕にしがみ付き、わざと上目遣いに紫色を覗く。
口を開いて誘うような猫撫で声を出すと、思わず足を止めたのを良い事にさらに押しを強めた。

「ねぇ、土方さぁん。僕、みくに屋のお団子が食べたいなぁ。」

「お、俺は忙しいんだよ・・・!!団子が食いてぇんなら、一人で行きゃあ・・・・・・!!」

「もしかすると、またあの変態が僕のことを攫いに来るかもしれませんよ〜?土方さんは、僕が無理やり風間のお嫁さんにされちゃってもいいって言うんですか?」

「んなわけねぇだろうが!!!」

「じゃあ、付き合ってくれますよね?」

言葉巧みに誘導されてしまった土方。
惚れた弱みというやつなのだろう。

普段はその優れた話術で以て、幕府のお偉方との交渉などを担っているというのに、こと総司に至ってはそれも一切通じず、むしろ簡単に手玉に取られてしまう。

ガシガシと頭を掻き毟ると、折れたとばかりに盛大なため息を吐いた。

「わぁったよ!!団子だけ食ったらすぐ帰るんだからな!!」

「はぁい。・・・あ、もちろん驕ってくれますよね?まさか新選組副長ともあろうお方が、割り勘だなんてケチくさいこと言ったりしませんよねぇ。」

「っ・・・!!てめぇ、後で覚えてろよ・・・!!」


これは・・・ひょんなことから小さくなった僕の、少しだけ懐かしく、ちょっぴり切なく、そして・・・とても温かな物語。

不思議な不思議な、『泡沫絵草子』―――。


― fin ―

2012.01.26




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