泡沫絵草子〜紫色の章〜(土沖/幕末)
漸く泣き止むと、土方は徐に総司の着物に手を掛け、元のように身なりを整えてやる。
途中、泥だらけになっている足袋や解れた髪を見て度々眉を顰めたが、その都度問い詰めたりなどせずにひたすら手を動かし続けた。
「少しは落ち着いたか?」
「はい・・・。」
「なら、幾つか質問をする。ただし・・・答えたくなければ無理に答える必要は無い。」
「わかりました。」
いつもなら「副長命令だ。」と言って無理やりにでも回答を求めてくるのに、今日の土方はやけに優しかった。
どうせ根掘り葉掘り訊かれても、白を切るか嘘を並べ立ててはぐらかしたと思うが、そう前置いてもらえただけで気持ち的にはかなり違う。
それほどまでに今の総司の精神状態は不安定だったのだ。
「まずその形だが、風間の野郎にやられたのか?」
「訊くまでも無いでしょう?僕が進んでこんな格好するわけが無いじゃないですか。」
正確には風間の命令を受けた天霧にやられたのだが、そこまで詳細に説明する必要も無いだろう。
しかし、あの強面に見詰められながら着付けと化粧を施された時の驚きと言ったらなかった。
さすがあの風間の目付け役をしているだけのことはあると、逆に感心してしまったほどなのだ。
「ちなみにお前、一体どこに連れて行かれたんだ?」
「都の外れにある林の中のどこか・・・としか言いようが無いんですよねぇ。とにかく夢中で走ってたから、周囲の景色を気にしている余裕なんて無かったですし。」
「あの野郎の隙を突いて逃げ出してくるなんて、相当骨が折れただろう?」
「思いっきり舌に噛み付いてやったら案外簡単でしたよ。屋敷内の警備も手薄でしたしね。」
「舌・・・だと?」
土方の表情が一瞬にして険しいものへと豹変する。
失言に気付いた時には既に遅く、総司は自身の両肩を掴まれ、強い嫉妬を孕んだ眼差しを向けられていた。
深い紫色の奥に燻る、炎にも似たそれに、ごくりと生唾を飲み込んで目を見開く。
「あいつに何をされた!?まさか、無理やり犯されたんじゃ・・・!!」
「違います!!襲われそうにはなりましたけど、接吻された時に抵抗して・・・・・・ん、ぅ・・・っ!!!」
皆まで言う前に口付けられ、勢いを保ったまま強引に草むらへと押し倒される。
息つく暇も無く口内を蹂躙されながら、逃れようとする舌を執拗に絡め取られた。
呼吸も許されないような状況に、酷い息苦しさを覚える。
しかし、先刻風間にされた時と決定的に違ったのは、同意を得ていないこの口付け対して、己の心が一切の拒否反応も示さなかったことだ。
むしろ、他の男に手を出されたことへの嫉妬心を露にし、独占欲という本能の赴くままに貪ってくる土方の行動に、一種の喜びさえ感じた。
「・・・っ、ん・・・・・・ふぅ、ん・・・・・・っ・・・。」
流れに身を任せるようにゆっくりと四肢の緊張を解くと、奪うような荒々しさから、与えるような優しいものへと口付けの形が変わっていく。
いつの間にか同意のそれとなった交わりからは、蕩けるような甘さと、溢れんばかりの愛しさが生み出され、二人の心を余すところ無く『幸福』という名の感情で満たし尽すのだった。
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