小さなてのひら(土沖/試衛館時代/微裏)



*行商土方×子総司です。
*総司がモブ男に襲われる描写があります。
*都合により3ページ目のみ長文です。


誰の力も借りず、己の力のみで理不尽な運命に打ち勝った総司。
あれ以来兄弟子達からの折檻はほとんど無くなり、近藤という心許せる者も得ることが出来た。

だが所詮は試合に一回勝った程度、これ以外のことについては特に大きな変化が生まれたわけではない。
身体は相変わらず小柄だし、剣術の腕だってまだまだ初心者のそれだ。

内弟子という身分から毎日毎日雑用を言いつけられ、あれこれと使い走りにされ・・・。
そういう意味では何の進歩も進展も無いのだ。

ただ一つ変わったこと・・・。それは、他ならぬ総司自身の心だった。



門前の掃除を済ませた総司は早々に次の用事を言いつけられた。

もう間もなく夕暮れ時、早く済ませて来なければ日が沈んで店が閉まってしまう。
こんな時間に頼むなよと内心悪態を吐きたい衝動に駆られたが、文句を言ったところで使いに出なくてよくなるわけではない。

竹で編まれた籠を片手に総司は小走りで道場を飛び出した。

「えぇと、これで最後・・・だよね。」

籠の中身を確認しながら納得するように頷く。
全ての用事を済ませた頃には空は淡い瑠璃色へと変わり、ぽつぽつと星が瞬き始めていた。

暗闇を怖がるような歳でも無いし、一人で帰れないほど子供でもない。
だが、あまり自分の帰りが遅くなれば近藤が心配するだろう。
以前の自分なら間違いなくいらぬお節介と煙たがっただろうが、少なくとも今は近藤に心配を掛けるのは本意ではない。

総司は道場により早く辿り着けるよう、家路を急ぐ往来を横目に人が疎らな細い路地に入った。

が、しかし・・・その選択をすぐに総司は身を以て後悔することになるのだった。



「・・・あれ、おかしいな・・・・・・、前に通った時には確かにここの道を抜けられたはずなのに・・・。」

最初に入る道を勘違いしたのか、順路と思いながら進んだ先は行き止まり。
塀と塀に囲まれたそこに困惑するように眉を寄せ、元の通りに戻らなくてはと思案する間もなく踵を返そうとする。

するといつの間にやら迫っていた人影が狭い通りを塞いでいて、総司は激しい驚きに心臓を跳ねさせながら声を漏らした。

「おぉ〜?どうしたぁ、嬢ちゃん。こんなところで迷子かぁ?」

ガタイが良いとまでは言えないが、それなりに背が高く肉付きも良い中年の男性。
噎せ返るような酒気を漂わせながら下品に笑うその姿に、背筋をひやりと冷たいものが伝う。
性質の悪い酔っ払いに目を付けられてしまったのだと瞬時に頭が理解した。

「・・・ど、どいて・・・ください。」

「あぁん?そんなこと言わずにおに〜さんと遊ぼうぜぇ、たっぷり可愛がってやるからよ〜。」

お兄さんなんて歳か!!などという突っ込みを入れている場合ではない。
前方には男、後方には壁。
とにかくこの男を振り切らないことには逃げることすら叶わないのだ。

(一か八か・・・、やるしかない・・・!!)

何もしないで怯えていたらそれこそ相手の思う壺。
子供の自分でも、この男が今自分に何を求めているのかくらいはわかる。
兄弟子達からの執拗な虐めを受け続けても唯一守りぬいたそれをこんなところで、しかも得体の知れない酔っ払いになど奪われるわけには絶対にいかない。

男が自分に向かって手を伸ばした一瞬の隙を衝くように、総司は思い切り地を蹴った。
一心不乱に足を動かして男の横を通り抜け、そのまま走り去ろうとする。

だがしかし、第一関門を突破したことによるほんの少しの気の緩みが総司の注意力を僅かに散漫にさせた。
いや・・・ある意味獲物を逃すまいというこの男の執念がそうさせたのかもしれない。

振り向き様に慌てて伸ばした手が、後ろで一つに括っていた総司の髪を運悪く捉えた。
引っ張られた反動により、総司の身体は不自然な体勢で地面へと打ちつけられる。

「うあっ!!」

「逃げようなんざ、随分な真似してくれんじゃねぇかよぉ〜。なぁ、嬢ちゃん。」

「・・・っ、僕は・・・僕は・・・嬢ちゃんなんかじゃ・・・・・・っ!!」

倒れた時に足を捻ったのだろう。
じくじくと痛み始める右足に無意識に涙が浮かぶ。
それでも何とかして現状を打開しなければと総司は声を上げた。

もしかすると自分の正体を男と知れば諦めてくれるかもしれない。
まさに藁にも縋る思いで張り上げた必死の抗議だった。

「あぁ〜?おめぇ嬢ちゃんじゃなくて、坊主なのかぁ?」

男の舐めるような視線が身体の隅々まで這っていく。

八つ当たりで一発二発殴られるくらいで済むのなら我慢する。だから、頼むから興味を失くしてくれ。
総司は心の中でひたすらそう願った。

値踏みするようにひとしきり見られると、男は総司の思いを打ち砕くように再び下品な笑いを浮かべた。

「へへへ・・・嬢ちゃんだろうが坊主だろうが関係ねぇ。なりは汚ぇが顔は中々の上玉だ、せいぜいイイ声出して啼けよぉ?」


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