夕月夜(土沖/幕末)




すっかり空も秋めいてきたある日のこと、総司は土方が外出した頃合いを見計らって自室を抜け出した。
数日前に自室待機を命じたきり隊務も外出も一切許可しようとしない過保護な鬼副長様に仕返しをする為だ。

ほんの少し咳をしただけだというのに何日も部屋に閉じ込められた挙句、言い出しっぺの土方は仕事が忙しいからと一度も様子を見に来ない。
そしてあろうことか斎藤と山崎に命じて逃走防止の監視までさせる始末。
これでは『自室待機』ではなく『監禁』だ。

幸いにも今日は三番組が昼の巡察当番に当たっている。今頃斎藤は平隊士達と共に市中に出向いている頃だろう。
もう一人の監視役である自称『忍者』の山崎の気配も今日は朝から全く感じられない、おそらく本職の方の仕事に出ているのだ。

加えて命令者の土方も所用で屯所を空けた。どこに向かったのかまでは特定出来ないが、ここ数日の忙しさから見て出来上がった書類を藩邸にでも持っていったのだろう。

邪魔者が全ていなくなった今こそが好機、目に物見せてくれると足取りも軽やかに総司は土方の自室に向かうのだった。




土方の自室までやってくると部屋の前に立っている小動物の如き小柄の隊士・・・否、土方の小姓という名目で新選組に身を置いている少女『雪村千鶴』の姿が目に入った。
どうやら何か用があるようなのだが、主の留守中に入って良いものなのか迷っているようだ。

「どうしたの千鶴ちゃん、土方さんの部屋に何か用?」

「あ、沖田さん・・・。」

声を掛けると気まずそうな視線を向けてくる。
挙動不審なのは毎度のことだが、今日は特に様子がおかしかった。

総司はにやりと口端を吊り上げるとここにいる理由を容赦なく問いただす。

「呼ばれてもいないのにキミがここにいるなんてどう考えても変だよね。もしかして、副長の留守中に新選組の内情でも探るつもりだったのかな?」

「ち、違います!!私はそんなつもりで来たのでは・・・」

「じゃあちゃんと理由を言ってごらん。少しでも嘘ついたら・・・切るよ?」

口元は笑っているのに眼光が恐ろしく鋭い、発せられた言葉が一つとして冗談ではないことを示していた。

「先程門前の掃除をしていたら、土方さん宛に文を託けられまして。」

「文・・・?一体誰から?」

「どなたかまでは存じ上げませんが、とてもお綺麗な方でした。」

『お綺麗』ということはつまり差出人は女性だろう。
総司の眉が無意識にぴくっと反応する。

江戸にいた時分から土方は女性に受けが良く、それは京の都に生活拠点を変えてからも同じだった。

「千鶴ちゃん。その文、僕から土方さんに渡しておいてあげる。」

「え?ですが・・・。」

「留守中の部屋に入るのは気が引けるんでしょ?」

早く出せと言わんばかりの総司。
頼まれたのは自分だしどうするか迷いはしたものの、総司の言う通り入室に躊躇っていたことも事実。
ここは素直に総司の厚意に甘えようと思い、千鶴は持っていた文を総司に手渡した。

だが千鶴はその選択をすぐさま間違いだったと後悔することになる。
文を受け取った瞬間、総司は遠慮も無しにいきなりその文を広げ中身を読み始めたのだ。

「お、沖田さん?!!」

(やっぱり、恋文か・・・。)

どうやらこの女性は数日前不逞浪士に絡まれているところを土方に助けてもらったらしい。
だが土方は不逞浪士を追っ払うとすぐにその場を離れてしまったらしく、女性は助けてもらった礼の一つも言えなかったのだそうだ。
そこで今度是非礼をしたいので、多忙だとは思うが時間を作ってもらえないだろうか?
・・・とまぁ、簡潔に言うとそのような内容の文であった。

(・・・忙しいってわかってるなら最初っから誘わなきゃいいのに。)

一見ただの律儀なお礼状に見えないこともないが、気にして見てみると文面には明らかに土方に対しての好意を臭わせる言い回しがある。
つまりお礼という名目で土方を誘い、あわよくば良い関係に持ち込もうという魂胆なのだろう。
全くもって下心が見え見えだと総司は呆れ顔でため息を吐いた。

「沖田さん駄目ですよ・・・、それは土方さんに宛てられた文なんですから。」

「ん?別に心配することないよ、読んだってバレなきゃいいだけの話なんだからさ。」

「そういう問題では・・・。」

「僕が『大丈夫』って言ってるんだから大丈夫なんだよ。余計な心配してないで、キミはもう自分の部屋にお帰り。」

先程と同じように有無を言わさぬ笑みを浮かべて命じると、千鶴は慌てた様子で頭を下げそそくさと自室に戻っていった。



廊下に誰もいなくなると総司は目の前の障子戸に手を掛ける。

その表情は背筋が凍るくらい冷ややかで、まるで胸の内に湧き上がってくる強い怒りの感情を抑えきれないといった面持ちであった。


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