もどかしい想い(土沖/幕末)





空の色が茜色から瑠璃色に変わる頃、土方は人が疎らになった大通りを一人おぼつかない足取りで歩いていた。
その表情は深く沈み、まるでこの世の終わりでも宣告されてきたかのように覇気が無い。
今の彼からは『新選組の鬼副長』の威厳など欠片も感じられなかった。


屯所へと続く道をひたすら歩く土方の脳裏に松本の言葉が幾重にも反響する。

(「沖田くんは・・・労咳に侵されている。おそらくは、もう・・・・・・」)

池田屋事件が終わった辺りから総司の体調が思わしくなかった。急に変な咳をするようになり、頻繁に熱を出し、食が以前よりもさらに細くなってしまったのだ。

本人はただ風邪だと言い張っていたが、土方はどうにもその言葉が解せなかった。
何故そう思ったのかは上手く説明出来ないが、『総司の病はただの風邪ではない』と心のどこかで確信めいたものを感じていたのだ。

だがおそらく・・・というか間違いなく医者に掛かってこいと自分が言ったところで素直に言うことを聞こうとはしないはず。
故に土方は近藤の知り合いだという蘭方医の松本に頼み、隊士全員に対しての健康診断を行う手はずを整えた。そしてそのことをあえて近藤から総司に伝えてもらうことにしたのだ。他ならぬ近藤からの言いつけならば、総司だって嫌々ながらも大人しく従う。


そうして半ば無理やり受けさせた健康診断。
結果は土方が予想していたものと全く違い、『異常無し』という判断だった。

思い過ごしの早合点だったのだろうか・・・?土方はそう己に自問した。

しかし本当に総司の病がただの風邪で、身体のどこにも異常が無いのだとしたら、何故こんなにも完治が遅いのだろうか。
本職の人間に言われた言葉のはずなのに、心のどこかでそれを疑っている自分がいた。


それからも一向に体調が戻らない総司、治るどころか病状は日を追うごとに目に見えて悪化していく。
やはり何か隠している、土方は確信した。

総司に聞いたところで何も言わないことなどわかりきっている。ならば総司を診察した松本に直接問いただすまでだと、山積みになった仕事を放り出して土方は屯所を飛び出した。
もちろん松本だって総司から堅く口止めされているだろう。だがどうしても真実が知りたかった。

今、総司の身に何が起こり、何に苦しみ、何に悩んでいるのか。
自分はそれを知らなくてはいけないと思った。


何度聞いても「異常無しだった。」と言い張る松本に、土方は両膝をつき、深く頭を下げながら自らの想いを語った。
新選組副長という立場や体裁など今はどうでも良かった。

畳の上に額を擦りつけるほどの勢いで頼み込む土方の切実さに何かを感じた松本は、他の人間にも本人にも絶対に口外しないという条件で本当の診察結果を教えてくれた。


総司の病の正体は『労咳』だった。
それは土方が想定していた数多の結果の中で最も最悪のもの。頼むからこの結果だけはやめてくれと、心底願っていたものだった。


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