はじまりの星屑(土沖/幕末+試衛館時代)
*1000hitフリー小説(配布期間は終了しています、お持ち帰りはご遠慮ください。)
「また金平糖買ってきやがったのか?あんだけ食っててよく飽きねぇな。」
「だって綺麗だし美味しいじゃないですか、人の好みにケチつけないでくださいよ。」
今しがた市中の菓子屋で買ってきた金平糖の包みを開くと、中から一粒取り出して口に放り込む。
熱で溶けた砂糖の甘さがふわりと口いっぱいに広がり、幸せそうに総司が顔を綻ばせた。
「別にケチなんてつけてねぇだろうが。ったく、好きなのは結構だが晩飯が食えなくなるほど食うなよ。お前はただでさえ小食なんだからな。」
「はぁい。」
一言だけ釘をさすと、土方はそのまま総司の横を通り過ぎて行ってしまった。
誰もいなくなった廊下の先を見つめながら総司はぽつりと呟く。
「僕が金平糖ばかり食べるようになったのはあなたのせいなんですよ、土方さん。」
あの時のこと・・・あなたはまだ覚えていますか――――?
夕飯の後片付けを終えると、総司は庭に出て一人黙々と稽古に励んでいた。
早く強くなりたい、強くなって近藤の役に立ちたい・・・。
それだけを強く願いながら、何度も何度も重い木刀を振り続ける。
しばらくするとふいに人の気配を感じ、総司は素振りの手を一旦止めた。
もしかしたらまた兄弟子の誰かが自分を折檻しに来たのかもしれない。
一度試合に負けたくらいで手を引いてくれるほど、あの乱暴者達の頭は聞き分け良く出来てなどいないだろう。
総司は木刀を握る手にぎゅっと握り締めた。
「素振りの音が聞こえるから誰かと思えば総司じゃねぇか、何でこんな時間に外に出てんだよ。」
「土方・・・さん?」
近づいてきたのは兄弟子ではなく、先日近藤から友人だと紹介された土方だった。行商の仕事の帰りなのか背中に薬箱を背負っている。
「餓鬼がほいほい歩き回っていい時間じゃねぇぞ、さっさと部屋に戻れ。」
「子供扱いしないでください。」
「子供扱いもなにも事実お前は餓鬼だろうが。ほら・・・近藤さんが心配すんから早く寝ろ。」
木刀を持っていない方の腕に手を伸ばし中に入るように促そうとする土方、しかし総司はその手をパンと勢い良く叩き鋭い視線で睨み付ける。
「何しやがる!?」
「お節介なんて必要ありません、迷惑です。」
「あんだとこの餓鬼・・・!!」
眉間に深い皺を寄せながら声を荒げる土方。
その反応に総司は、やはりこの男も近藤がいなければあの野蛮な兄弟子達と同じなのだなと思う。
押し付けがましい親切心でいらぬお節介を焼き、拒絶されれば声を荒げ、最後には人が変わったように殴りつけてくる。
そうやって大人は無理やり子供に自分の言うことを聞かせようとするのだ。
だが自分は何度殴られようと蹴られようと、絶対にそんな理不尽な暴力に屈したりしない。
やれるものならやってみろと言わんばかりの好戦的な視線で総司は土方を睨みつける。
しかしいくら身構えていても、実際に土方から拳が飛んでくることは一度も無かった。
それどころか土方は大きなため息を吐き、困ったように眉を寄せながら総司に言う。
「そんな顔しなくても殴ったりしねぇよ、だから落ち着け。」
「え・・・?」
「まぁ、あんな目に合った後じゃ誰に対しても警戒しちまって当然か。」
自分がこれまで兄弟子達からどんな仕打ちを受けていたのか知っているような口ぶりだった。
つい最近まで道場に出入りしていた様子も無いこの男が、どうしてそのような事を知っているのだろう。
総司は一つの答えに辿り着く、きっと近藤だと思った。
「勘違いすんなよ、俺があの人に無理言って教えてもらったんだ。ここの内弟子だってのに、お前はいつも近藤さん以外の奴らと距離を置いてるように見えたからな。」
「兄弟子さん達と馴染めない僕を不憫に思って、それで近藤さんに何があったのかたずねた。・・・つまりそういうことですか?」
この歳で家族に捨てられ、内弟子になった道場の人間にも馴染むことが出来ない可哀相な子供。きっと彼の目に自分はそう映ったに違いない。
出会って間もない人間の内情を根掘り葉掘り詮索する理由なんて大概そんなところだ。
威嚇するような態度こそ止めたものの、黙り込んで一言も話さなくなってしまった総司。
失望にも似た空気を纏わせながら俯くその姿に土方はまた一つ大きなため息を吐く。そして自分の手をぽんと優しく総司の頭の上に乗せた。
「悪かったな、総司。」
突然の謝罪の言葉に総司がそっと顔を上げると、土方はゆっくりと諭すように話し始める。
「不憫だなんて思ってねぇ。俺はただ、お前のことをもっとよく知りたいと思っただけだ。」
驚くほどの優しい声音に、総司は無意識にその理由を土方に問うていた。
「どうして・・・ですか?」
「さぁ、どうしてだろうな?」
とくん――――。
(あれ・・・何だろう、このあったかい感じ・・・・・・。)
はぐらかしながら浮かべる土方の穏やかな表情に、総司は温かな何かが自分の心に芽生えるのを感じる。
優しく・・・心地良く・・・そして、ほんのりと熱い。
名も知らぬ不思議な感情は瞬く間に総司の頬を朱に染め上げた。
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