甘いお酒と年の瀬の二人(土沖/幕末)
*大晦日にちなんだ甘々でほのぼのなお話です
思えば今年もあっという間だった。
そのような決まり文句が脳裏を過る年の瀬がやってきて、そして今日で終わろうとしている。
あと数時間もすれば年が明け、目出度くも新しい一年を迎えるというわけだが、年越そばを啜りつつ除夜の鐘の音に耳を傾けながら、過ぎ去ったこの年を振り返る暇など、新選組に属する自分達にはとんと縁のない話であった。
幸運にも非番を勝ち得た隊士達の中には、多少浮き足立っている者もいるだろうが、そうでない者達は常と同じく巡察や警備の任に就き、華やいだ他人の声によって何時の間にやら新年の訪れを知る。
正月だからといって不逞浪士が大人しくしてくれるとは限らない。先日の土方の言葉は心底正しい。
平助や永倉など、ささやかな宴に期待していた者達にはまるで死刑宣告のような発言だったかもしれないが、賑やかな場が人並み以上に好ましくない総司にとっては、日常と変わらぬ生活が続いてくれている方がいくらかマシのように思えた。
「あーあ、つまんねぇの。大晦日に夜の巡察当番なんてツイてないよなぁ。」
「確かにそうかもね。今夜は不逞浪士どころか何一つ騒ぎも起きない退屈な巡察だったし。」
「だろ?こういう日は屯所でゆったり酒でも交わしてさ・・・」
「斬り合いの一つも起きてくれたら愉快だったのにね。今年の斬り納めしそびれちゃった。」
「ちょっ!?お前なに物騒なことしれっと言ってんだよ!!斬り納めなんてしなくていいんだって!!」
「平助って単純だよね。冗談だって、冗談。」
お前のは冗談に聞こえないっつうの!!と鼻息荒く声を上げる平助を筆頭とした八番組と、その隣で悪びれた様子もなくへらりと笑う総司の一番組。
彼らこそが、一年の最後を締め括る巡察に選ばれてしまった、ある意味運のない隊士達だった。
寺社の点在する京の都では、初詣に向かうらしい人の出が、夜が更けるにつれて一人また一人と増えてきており、見廻りを終えて屯所に戻っていく一団とすれ違うこともしばしば。
帰って早々再び出動などという事態にならない為にも、朝の当番に引き渡すまでくれぐれも問題行動は起こさないでくれと、隊士達各々が大なり小なり心の内でそのようなことを思っていた。
******
いつもより灯りの多い通りを抜けて無事屯所に帰り着き、点呼を取っていると、もうとっくに床についていておかしくない千鶴が小走りに此方へ駆け寄ってくる。
これはひと悶着の予感だろうか、などと頭の片隅で思いながら用向きを訊ね、驚いた。
「どうしたの千鶴ちゃん?良い子はもう寝ている時間じゃないのかな。」
「おい総司、千鶴は子供じゃないんだからそういう言い方しなくてもいいだろ!!」
「はいはい。」
「あの…皆さんが戻られたらお出しするようにと、甘酒を頂きまして。あちらに用意が出来ていますので、点呼が済みましたら召し上がってください。」
甘酒?この期に及んで酒ではなく甘酒とは、一体どういう意図なのだろう。
たしかに、祝い酒を振る舞って酔っぱらわれてしまってはいざという時に困るが、子供の祝い行事じゃあるまいし。
「千鶴ちゃん、それって誰の仕業。近藤さん?」
「いえ、土方さんからです。冷えた身体を温めるには十分だろうと。」
「ふぅん、あの鬼副長が珍しく粋な計らいだよね。ま、いいや。」
皆に解散と自室待機を告げてから、例の物を受け取らせる為、千鶴の後ろに付いて行かせる。
各々が部屋に下がったのを見計らうと、総司の分を用意する彼女に再び声を掛けた。
「ねぇ千鶴ちゃん。キミの分は別にして、甘酒ってまだ残ってる?」
「はい、多めに温めましたから。」
「じゃあさ、それ・・・」
******
二人分の湯呑みを持って、静まり返った廊下を歩いていく。
案の定、目的の部屋の明かりは煌々と灯っていた。
「総司か、入っていいぞ。」
部屋の前まで来ると、足音で総司だと判別できる特殊能力が備わっているらしい土方に、声を掛けるよりも先に入室を促される。
ゆっくりと障子戸を開けると、火鉢から流れる熱気が冷えた肌に心地良く当たってきた。
筆を進める手を止め、総司の方を向くと、霜焼けしたように赤くなっている頬を見て、もっと火の近くに寄れと指示してくる。
盆を置き、邪魔な羽織と鉢金を脱ぐと、火鉢ではなく土方の隣にそっと腰を下ろす。
「おい、俺じゃなく火に当たれって。」
「ずっと火に当たってたんだから、土方さんだって温かいでしょ。ほら。」
「冷てっ!!」
冷えきった手の片方をわざと土方の頬にあてる。
彼の持つ熱を吸収するようにじわりと温かくなっていくそれとは裏腹に、触られた彼は急激に熱を奪われて飛び上がるようにびくりと反応した。
思った通りの反応を見せる彼に、満足気な様子で総司はけらけらと笑う。
すると一瞬遅れて、土方の腕が総司の背を引き寄せた。
密着するようにぎゅっと抱き込まれる様は、本当に「自分の身体で温めてやる」と言わんばかりである。
「ったく、ちゃんと着込めって言ってんのによぉ。冷えすぎて熱でも出したらどうすんだ。」
「そんなにやわじゃないですよ。」
「折角用意させた甘酒も飲んでねぇし。」
「あ、それもしかして僕の為だったんです?」
「皆まで言わねぇとわからねぇのかよ。」
「いいえ、もしかしたらそうかなーとは思ってましたけど。本人に言わせる方が楽しいじゃないですか。」
大晦日の寒い夜に遅くまで隊務に励む隊士達へのささやかな労いの気持ち。
その気持ちに偽りこそ無いにせよ、一番の目的は愛する総司の身体を労わってのこと。
故に、近頃何故か酒に手を出さなくなった彼にでも抵抗なく手をつけられるであろう、甘酒という選択。
「ほら、意図がわかったなら早く飲め。冷めちまったら身体の芯まで温まらねぇだろ。」
「んー、でも、もうちょっと。もう少しだけこうしていたいかなって。ダメですか?」
土方の背に自ら腕を回すと、温もりを感受するように目を閉じ、冷えた頬を擦り寄せる。
他の人間にはけして見せない甘えた仕草に、土方もまた、満足した笑みを浮かべるのだった。
******
「来年はどんな年になりますかね?」
「さあな、先のことを考えると鬼が笑うって言うしな。なるようにしかならねぇよ。」
「えー、つまんないの。」
「ただ、一つだけわかってることがあるぜ。」
「何です?」
「総司が・・・お前が、変わらず俺の傍らにいるってことだ。」
― fin ―
2015.12.31
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