君守る手、優しい温もり(土沖/幕末)
*1ページ目と3ページ目は土方さん視点、2ページ目のみ総司視点
*試衛館に連れて来られた日がトラウマになっている、気弱な総司のお話です
「土方さん、入ってもいいですか・・・?」
「あぁ、総司か?別に構わねぇが。」
夜も大分更け、今晩はこれぐらいで切り上げて床に就こうかと考えていた頃、珍しくも入室のお伺いを立てるか細い声が耳に届いてきた。
顔を見るまでもなく沈んでいるというか、どこか頼りないというか。
悠々と構えているように見えても、常に全身の毛を逆立て周囲の者を威嚇する。そんな、剥き出しの棘のような雰囲気が何処かへと消えてしまっていた。
「お邪魔します・・・あ、今日は徹夜じゃないんですね。」
「あのなぁ、俺だって人間だ。いくら手が一杯だからって、三百六十五日寝ずに仕事をしているわけじゃねぇぞ。」
「人外の業をなしえてこその鬼副長じゃないですか。鬼になるとか何とか大口を叩いておきながら、その辺りの設定だけ曖昧なんて、詐欺ですよ詐欺。」
確かに自分は、去るあの日『鬼になる』と宣言したが、総司の言うような意味まで含めた憶えはない。頓珍漢なことを言っているのはお前の方だと、呆れた溜め息を吐き漏らすと、夜具の支度をする為にすくりと音もなく立ち上がった。
押入れの戸を開け、てきぱきと布団を敷く。
室内へ足を踏み入れる様子もなく、底冷えた板張りの廊下に素足で立ち尽くしている総司をちらと横目に見ると、つい今し方まで軽口を飛ばしていたのが嘘のように、へにゃりと眉尻を下げていた。
「んなとこに突っ立ってんじゃねぇ、冷えちまうぞ。」
「あ、でも・・・・・・。」
「茶化しに来たんじゃねぇってことくらい、お前の声を聞きゃあすぐわかる。」
やっぱり帰りますとも言いかねない彼の腕を掴むと、有無を言わさず引っ張り込んで戸を閉める。
誰に聞かれるとも知れぬ開けっ広げでは、話せるものも話せないからだ。
「で、どうした?他の奴等には言えねぇ悩みでも出来たか。もしくは、あれか・・・しばらく構ってやらなかったんで欲求不満にでもなっちまったのか?」
「どちらでもないですよ!!あと、言うに事欠いて欲求不満とか失礼にも程があります!!」
発情期の猫か何かと勘違いしてるんじゃないの・・・!?と、不満を隠そうともせずに声を荒げてくる。
このような夜更けに喚き散らして墓穴を掘るのは自分の方だと思うのだが、当人はまるで気付いていない。
親切にそのことを教えてやると、顔を真っ赤に染め上げながら、手近な位置にあった枕を投げつけられた。
「もういいです・・・!!僕、自分の部屋に戻りますから・・・!!」
「お、おい、ちょっと待て総司・・・!!結局、用件は何なんだよ!?」
「知ったかぶりするような酷い人には教えてあげません!!僕のこと全部わかってるみたいな言い方をするくらいだから、少しは察してくれているものだと思ってたのに。土方さんの馬鹿!!鈍感!!」
「だから、察するって何を・・・」
「・・・こんなこと言いたくなかったけど、仕事人間になってから土方さんは変わっちゃいましたよ。江戸にいた頃はどんなに迷惑がっても離れてくれなかったのに、都に来てからこっち、一度も来てくれなかったじゃないですか・・・っ!!」
不安なの、知ってるくせに・・・―――!!
そこまで言われて漸く気付いた、総司が自分に何を訴えようとしていたのかを。
(そうだ・・・今日は、こいつにとって・・・―――。)
はっと目を見開いたのと、翡翠から大粒の涙が弾けるように散ったのは、ほとんど同時だった。
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