明日の願いと除夜の鐘(土沖/SSL)
*大晦日の小噺
*『無自覚な感情』シリーズとは関係ありません
もう間もなく新年を迎えようという頃、総司は恋人である土方の家で寛いでいた。
だが・・・クッションを胸に抱きながら、ソファーの上でごろごろと身を捩る彼の表情は心なしか不満げで、残念さのようなやりきれない感情を滲ませている。
それと言うのも、全ては生真面目で過保護すぎる年上の恋人が原因であった。
近所の神社に除夜の鐘を聞きに行きながら、初詣と初日の出を拝もう。
恋人同士であるならば別段珍しいこともないデートプランの一つを、土方は言った端から却下したのだ。
こんな夜遅くにガキが出歩くな。
鐘の音なら此処からでも十分聞こえるし、初詣は昼間行けばいい。
真っ当なことを述べられているようで、出不精な彼の言い分を一方的に押し付けられているような気がしなくもない。
無論ただでは引き下がらなかったが、結果として言い負かされてしまったのも事実で・・・。
(あ〜あ、つまんない。こんなことなら、平助達の集まりの方に行けば良かったなぁ・・・。)
喧しいのはごめんだからと断ってしまったが、普段通りに入浴して普段通りの時間に就寝するくらいならば、彼の提案した『年越しゲーム三昧!!今夜は朝まで格ゲーだ!!』とかいう企画に素直に乗っかっておけばよかった。
冬休みに入ってからもなかなかそれらしい休みを取れずにいた土方。
だからこそ、大晦日と正月三が日は『恋人らしい行為』を目一杯楽しもうと思っていたのに、出だしからこの様か。
(土方さんってば、自分の恋人を何だと思ってるのさ。『冬休みになったら構ってやるから』ってあの言葉は方便だったわけ?)
文化祭から期末テストを経て、成績出しに年末年始の雑務と、何時如何なる時も土方の多忙さは落ち着く暇(いとま)を知らない。
全部が全部彼でなくては出来ない仕事ではないというのに、己の目で見て片付けなければ気が済まない性分のせいで、必然と仕事量は増えるばかり。
仕事のし過ぎで過労で倒れるのは最早勝手にしろの域だが、とばっちりを食う恋人の身にも少しはなってほしいものだ。
我が儘だ煩いだとあしらわれようとも、好きな人に構ってほしいとか、自分から目を逸らさないでほしいと思う気持ちを偽ることなど出来はしない。
むしろ、放置される時間が長くなるに連れ、何十倍にも膨れ上がっていく。
(傍に居られるだけで幸せなんて嘘だ。僕にだって、我慢の限界ってものがあるんだから・・・。)
遊んでほしい、構ってほしい、口付けてほしい、愛してほしい。
寂しい、寂しい、寂しい、寂しい、寂しい・・・・・・―――。
「・・・・・・土方さんの、ばぁか・・・。」
「あぁ?誰が『馬鹿』だって?」
背もたれを挟んだ向こう側に立ち、顔を顰めつつ覗きこんでくる土方。
いつの間に此方に来ていたのかと目を丸くする総司に、不機嫌さを滲ませた低い声音が更に続けた。
「天才とまでは言わねぇにしろ馬鹿じゃねぇぞ。古典の成績だけ落第寸前だったお前よりは遥かにな。」
「むぅ・・・、今回はちょっと調子が悪かっただけですよ。本気を出せばあんなテスト・・・」
「『あんなテスト』を白紙で提出しやがった馬鹿たれに口答えする権利があるかよ。三学期も同じ真似しやがったら補習じゃ済まさねぇから、精々覚悟しとけ。」
「そんな脅し文句で生徒のやる気が出ると思ったら大間違いです!!このダメ教師!!」
ぷいっとそっぽを向きながら手元のクッションに顔を埋める。
大きな身体を丸め、自身を守るが如く縮こまって精一杯の反抗の意を表すと、背後に立つ土方が盛大なため息を吐き漏らした。
次第に足音がその場から遠のいていき、呆れを通り越してとうとう愛想まで尽かされたのかと失意の念に駆られれば、数分の後に再び近付いてくる彼の気配。
そして次に感じたのは、温かな湯気と共にふわりと鼻先を擽る、蕩けるような甘い香りだった。
「総司、少し落ち着け。そんな不安定な状態じゃ、二人で気持ち良く年を明けらんねぇだろ。」
「・・・・・・。」
「総司。」
「・・・・・・お願い、聞いてくれるなら。」
隠れていた翡翠がうっすらと顔を覗かせ、反応を確かめるように深い紫紺を見定める。
すると土方は、マグカップを持っていない方の手を総司の頭に乗せ、栗毛を優しく梳きながらこくんと一つ頷いて見せるのだった。
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