甘い吐息と君の温もり(土沖/戦後)



*いい土沖夫婦の日
*土方さんが弱音吐いたり、総司に甘えてみたりしてます
*前半はシリアス、後半は終始甘々夫婦


北国の夕暮れは本州のそれよりも格段に早く感じる。
その違いを特に実感させられるのが、実りの季節を迎えた今この時だ。

美しく色付いた紅葉や銀杏の葉がはらはらと舞い落ちる中、歩きなれた山道を迷うことなく進んでいけば、薄暗くなりつつある道の先に導(しるべ)の如く灯る小さな明かり。

帰るべき場所、帰りを待つ者のいる場所、帰りたいと心から願って止まぬ場所。
自然と足取りは軽くなり、ゆったりとした歩調が次第に早足へと変わる。

『あ、お帰りなさい、土方さん。』

一刻も早くその言葉を聴きたい、愛しい者の姿を見たいという思いを胸に、両手一杯に薪を抱えた土方は導かれるようにして家路を急いだ。



集めた薪を適当に片し、軽く埃を払ってから戸を開ける。
すると、夕餉の支度をする総司が小皿片手に厨の方からひょっこりと顔を覗かせた。

「あ、お帰りなさい、土方さん。」

「あぁ、今帰った。」

何気なく交わされる会話も、夫婦となって間もない彼らにとっては至極特別なものであり、かけがえのない睦言の一つ。

出会ってからの十数年・・・籠められた意味は違えど、それこそ何百回と繰り返されてきた極当たり前の光景。
だが、互いを想って口にするというだけで全く違う意味を見出してくれる。

きっとこの先も、このように小さな幸せを幾重にも積み重ねながら、愛する者と共に生きているという実感と幸福に満たされて老いていくのだろう。

部屋には上がらず、真剣な面持ちで鍋と睨めっこを始めた総司のもとへ歩み寄ると、冷えきった手の平を悪戯半分に彼の頬へ当ててみる。
料理中でずっと火の側にいた総司の頬は温かく、感覚さえも失せるほどに悴んでいた手を指先からじわりじわりと温めていった。

しかし、される側からすると冷たいことこの上ないのか、すぐさま抗議の声が飛び出す。

「手退けて下さいよ、冷たいじゃないですか。」

「あぁ?ちっとくれぇいいじゃねぇか。寒空の下、一生懸命仕事してきた旦那をちったぁ労え。」

「『一生懸命』とか自分から言うものじゃな・・・・・・、ひゃう・・・っ!!」

つぅ・・・っと滑らせるような手付きで触れていた手の平が移動し、首根っこの辺りから無遠慮に着物の中へ進入していく。
ぬくぬくとした熱を豊富に蓄えた敏感な箇所に触れられ、びくりと大きく肩を震わせると、持っていた小皿を思わず取り落としてしまいそうになった。

言いたいことはわからなくもないが、帰宅して早々意地悪が過ぎやしないかとも思う。
そもそも、こうした悪戯は試衛館にいた時分より自分の専売特許であったはず。

夫婦になったからとはいえ、土方が旦那という立場になったからとはいえ、途端に立ち位置が逆転するなど到底受け入れられるものではない。


眉を顰め、ぷくっと頬を膨らませると、早く出せとばかりに一歩身を引こうとする。

「逃がさねぇ。」

言葉が先か手が先か、逃れようと試みた身体をぐいっと引き寄せられ、倒れこむような体勢でもって腕の中に納められてしまった。

火の近くでふざけるのも大概にしろと、珍しくも総司から咎めの声を上げようとすれば、強引な手法で抱擁を求めてきた彼の口から安堵とも取れるため息が漏れ出し、どうしたのだろうかと疑問符が浮かぶ。

帰って来てから・・・というほど時間は経過していないが、今日の彼はどうにも突飛な行動が多い。
しかも、そのいずれもが酷く子供染みている。

「・・・土方さん、外で何かありました?」

「・・・・・・。」

「土方、さん?」

問いに応えはなく、代わりに一段と強まる腕の力。
やはり何かあったのではと不安な気持ちに駆られかけたその刹那、黙り込んでいた口がゆっくりと開かれ、呟くように静かな声音が耳に届いた。

「何処にも行くな、総司。」

「ふぇ?」

「ずっと傍にいろ・・・。離れるなんて、許さねぇ。」

弱々しい声だった。
言葉紡ぐ土方の方が消えてしまうのではないかと、錯覚してしまうほどに。

しかと抱きとめられているせいで表情を窺い知ることは出来ないが、震える声音を聴くと脳裏に浮かぶ、深い紫に透き通った涙を滲ませた痛々しい彼の姿。

九つも離れた歳のせいか、自身の弱い部分を曝け出そうとしない強がりな彼ばかり目にしてきた総司にとって、夫婦となってから時折垣間見るようになったそれは、何度見ても心痛む辛い光景であった。


「僕は、何処にも行きませんよ・・・土方さん。」

「総司・・・。」

「だって僕は、土方さんのお嫁さんですから。『土方総司』のいるべき場所は、旦那様である土方さんの隣だけ・・・そうですよね?」

はっとする土方の背を抱き返し、優しく包み込む。
言の葉だけでは伝えきれない想いを全身で伝えたい。心も身体も冷えきってしまった愛しい人を、自らの温もりで満たしてあげたい。

そして願わくば・・・悲しみも苦しみも、彼の憂いの全てを取り去ってあげたい。

慈愛に満ちた総司の抱擁には、優しくも力強い彼の想いが宿っているのだった。


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