翠色の光、雲間に射して(土沖/SSL)
*『無自覚な感情』と同設定
*シリーズ十作目です。
沢山の思い出が詰まったこの一年。
僕とあなたで作り上げた、蜂蜜のように甘く、ほんのちょっとだけ甘酸っぱい二人だけの時間。
変わらぬことを願いながら、未だ見ぬ未来に想いを寄せて。
僕達はまた、新たに迎える一年を共に過ごすのだろう―――。
休日の昼下がり、しとしとと降る雨に目をやりながら総司は退屈そうなため息を漏らす。
傍らでは忙しなくキーボードを叩く音、突然舞い込んだ仕事をてきぱきと片付ける彼の、微かに苛立ちを含んだ荒い指捌き。
「土方さん、まだぁ?」
「・・・・・・。」
「ねぇ、土方さんってば〜。」
「・・・まだだ。」
静まり返った無人の校内、そのさらに奥に位置する古典準備室。
狭い室内で暇を持て余す総司が幾度目かの問いを口にすれば、応える時間さえも惜しいとまでに淡々とした声音が帰ってくる。
事の起こりは今朝のこと。
朝方まで、何時にも増して深く愛し合った二人のもとに送られてきた、一通のメールだった。
『すまねぇ土方さん!!後は頼んだ!!!』
空気が読めない、というか読む気も無いのであろう永倉に押し付けられたのは、先日任せた書類仕事。
多忙を極める土方の代わりにと自ら率先して引き受けた、明日が期限の急ぎの内容であった。
あまりに苛立つ土方の機嫌を取ろうとしてつい口をついて出てしまったものの、後でやればいいと放置しておいた結果、今頃思い出し、自分の力のみではどうにも出来ない為無責任に突っ返してきたのだ。
無論、はいそうですかと受け取る気は更々無かった。
だが、一方的にメールを送りつけてから当人は一切音信不通。
携帯の電源を切り、行方を晦ますという何とも用意周到な彼に、臨界点を超えた怒りは烈火の如き激しさから冷水の如き静けさへと形を変えた。
同じ職場の同僚である以上、週明けになれば嫌でも顔を合わさなければならないのだから、その時に倍返しされることは百も承知のことだろう。
精々首を洗って待っていろ・・・と、土方は己の心に誓うのだった。
捕まらない永倉のことは一先ず置いておくとして、問題は残された例の仕事。
元々自力で片付けるはずだった物故に、最悪間に合わないという失態は犯さずに済むが、よりにもよって何故今日なのかと思う。
それというのも、今日は総司と恋仲になってちょうど一年の記念日。
丸一日全てを使って甘い時を過ごせるよう綿密に計画を立て、仕事の類はけして持ち込まぬようにと残業までして必死な思いで余暇を作ったというのに、一瞬にして無に帰してしまった。
恋人らしい行事の度に予想外の事態を引き起こし、その都度総司を悲しませてきた土方からすれば、今度こそ彼を心から笑顔にしてやりたいという想いが一際強かっただけにやりきれない。
しかし、目の前にある仕事を無視して私欲に走れるほど我が儘にもなれなかった。
そして、今に至る―――。
「土方さぁん、つまんない〜。」
「おい、纏わりつくんじゃねぇ・・・っ。これじゃあ文字が打てねぇだろうが・・・。」
「だって、土方さんが構ってくれないからつまんないんですもんっ。」
「だからって絡まるな!!これじゃあ終わるもんも終わらねぇだろっ!!」
ぷくっと頬を膨らませる不機嫌な恋人の顔を見、困惑するように言う。
面と向かって突っぱねられると、べ〜!!っと舌を出して子供っぽく怒りを露にし、乱暴に腕を解いて勢い良くソファーに飛び込んだ。
スプリングの軋む音が激しく響き、それきり言葉の一つも発しなくなる。
デスクからでは表情を窺い知ることは出来ないが、どういう状況なのかは簡単に予測出来た。
「泣くなよ・・・。」
「・・・っ、泣いてません。」
「嘘言え。声が震えてんぞ。」
「泣いてませんってば・・・っ!!」
構ってもらえず、少し語気を強められた程度で泣くほど幼くはないが、こうも理不尽な仕打ちが続けば泣きたくもなってくる。
たったの数時間で蜜月が終わり、一日自分のことだけを構ってくれると約束した土方は仕事の虫。
おまけに外は、そんな自分を嘲笑うかのような土砂降りの雨。
他意など無いとわかっていても、取り巻く全てに悪意があるように感じられてしまうのは仕方の無いことではないだろうか。
思えば思うほどに込み上げてくる悔しさ。
肩を震わせながら嗚咽を押し殺していると、いつの間にか席を立った土方がふわりと頭を撫でてきた。
「総司。」
「・・・っく、っふ・・・ぅ・・・。」
「本当にすまねぇ。また、泣かせちまったな・・・。」
泣かせる度に、もう二度とそのような思いはさせないと誓うのに、結局はいつも泣かせてしまう。
愛する者の悲しむ姿を見て喜ぶ男などいない。少なくとも自分はそういう男で在りたい。
身も心も守ってやりたいという願いとは裏腹に、不器用な己はそれを貫き通せず、己の気持ちも彼の気持ちも皆裏切ってしまう・・・。
不甲斐なさが突き刺さるように、胸の奥深くを鋭く射抜く。
永倉に仕事を押し付けられたから、その仕事が急を要するものだから・・・そのような理屈、総司には何の関係も無い。
結果として仕事を選んだのは土方であるし、それ故に総司を蔑ろにしたのも事実。
事の全てに責任が無いわけではなく、貫き通せなかった己にも責任はある。
現に今、こうして総司は泣いているのだから。
(今すぐにでも抱き締めてやりてぇが・・・。)
求められるままに与えることは可能だが、すべきことをずるずると引き延ばせばそれだけ帰宅も遅くなる。
削られる時間を少しでも短くしようと思い即断即決で此処に来たのだ、己の欲に負けて本当に一日を丸潰れにするわけにはいかない。
後ろ髪引かれる思いで「もうちっとだけ待ってろよ。」と告げ、土方はデスクのパソコンのキーを再び叩き始めるのだった。
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