水月−すいげつ−(沖沖+土沖/現代/双子パロ)
*一周年企画小説
*『心の鏡』番外編
大切な人が傍にいて、守りたい人が隣にいる。
取り戻した淡い日々は泡沫ではなく、心に刻まれた悲しみすらも包み込み、無償の愛で溶かしてゆく。
与えるものと与えられるもの。
そのどちらもが、自分にとってかけがえのない宝物。
そう・・・僕は今、この上なく幸せなんだ―――。
レース地のカーテン越しに覗く空は夕焼けの茜に染まり、遅めの夕時を告げている。
八月初旬はまだまだ日の入りが遅く六時を過ぎても十分に明るいが、ほのかに感じる空腹感からそろそろ夕餉の準備に取り掛かろうかと思い立つ。
仕事に出ている間は極力火を使わぬようにと念を押されているものの、働きに出て疲れて帰って来る土方に自分達兄弟の世話一切を丸投げしてしまうのはやはりどうにも気が引けてしまい、軽い下拵え程度は極力済ませておくようにしているのだ。
九つ違いであった前世よりも更に広がってしまった歳の差。
精神は限りなく大人のそれであっても、成長途中の身体で出来ることには限界がある。
優しくされるのは勿論心地良いが、早く一人前になり、少しでも彼を支えられるようになりたい。
思うばかりで実際はおんぶに抱っこ状態なのだが、せめて心構えだけでもそう在りたいと願っている。
「・・・ぅ、んん・・・っ。」
読みかけの本をぱたりと閉じると、折り重なる際に発せられた音に反応して緋色が小さな声を漏らす。
冷房によって快適な温度に保たれた室内は昼寝をするのに最適な環境であり、例の如く総司の膝を枕に、大きなソファーの上で気持ちよさそうに夢の世界を旅していた。
起こしてしまっただろうかと心配になったが、またすぐに穏やかな寝息が漏れ聞こえた為ほっと胸を撫で下ろす。
いずれにせよ起こさなければならない時刻ではあるが、土方が帰ってくるまでは大人しく寝かせておいてあげたいと思ったからだ。
カチャリ―――。
玄関の施錠が解かれる音と共に感じられた人の気配。
鍵を持っているのは家主である土方と総司、そして緋色の三人だけ。
取り立てて言うことでもないが、緋色は総司の膝の上で夢心地。
然るにこの気配は土方その人のものということで間違いないだろう。
違っていたとしたら、それはそれで大問題だ。
「帰ったぞ。」
「お帰りなさい、土方さん。今日は随分と早かったんですね。」
「まぁな。・・・・・・っと、緋色はまた昼寝か?ほんとよく寝る奴だな。」
「どうも習慣付いちゃってるみたいで、夕方寝ないと夜まで持たないんですよ。」
緋色のことを語る総司の表情は優しい兄そのもので、彼が如何に弟を大事にしているのかが一目でわかる。
孤児院の院長からも聞かされていたが、本当に彼等は強い絆で結ばれているのだろう。
今も昔も・・・一つの存在として、心と身体を分かち合っていたあの頃と同じように。
「ん?土方さん、それ・・・何ですか?」
「あぁ、これか?明日近所の神社で縁日があるんでな、せっかくだからお前達二人を連れて行ってみようかと思ってよ。」
「ってことは、その袋の中身は浴衣ですか?僕達の?」
提げている紙袋の大きさから見て、子供用の浴衣セットが二組といったところだろう。
縁日に行く程度ならば私服でも何の問題も無いのだが、至れり尽くせりというか、わざわざ一揃い新調してくれたらしい。
金銭的に多少の余裕があるとはいえ、着ても年に数回という浴衣。
惜しみなく与えてくれる彼の心遣いには感謝しているが、申し訳ないという思いも同時に湧く。
すると、そんな複雑な心中を察した土方が「気にするな」と言葉を掛けてくる。
「俺が勝手に買ってきたんだ、お前が気に病むことなんざねぇ。」
「でも・・・。」
「これは俺の自己満足だ。お前達にしてやれることは、全部やってやりてぇんだよ。」
試衛館に居た頃の総司は、子供らしい行事とはてんで無縁の生活を余儀なくされていた。
内弟子という立場、稽古漬けの毎日・・・祭りや縁日はおろか、同年代の子供達と触れ合う機会さえほとんど無い。
本人は早く大人になり自立したいと考えていただろうが、彼を・・・彼らを見守る土方の胸中は大変複雑であり、叶うならば歳相応の環境で平穏無事に育って欲しいと願った時もあった。
故に、今こうして過剰に世話を焼きたがるのはあくまで自己満足。
押し付けがましいと嫌煙されるならばまだしも、引け目を感じて思い悩むことは微塵も無いのだ。
「ありがとうございます、嬉しいです。」
「そりゃあ良かった。・・・ほら、緋色にも早く教えてやれ。」
「えぇ、きっと喜びますよ。」
にこりと笑みを浮かべると、膝の上で眠っている緋色の身体を揺すり目覚めを促す。
数回の後、閉じられていた双眸から鮮やかな緋がぼんやりと顔を覗かせた。
「緋色、起きて?土方さんが素敵なお土産を買ってきてくれたんだよ。」
「ん・・・ぅ、にゃ・・・?」
夢見心地のままむくりと身体を起こしたが、覚め切らぬ頭では思考が追いつかないのか、目の前にいる大好きな兄の首に両腕を回し甘えるように頬を摺り寄せてくる。
「んん〜、そうじぃ・・・。」
「ふっ、駄目だなこりゃ。」
「もう・・・緋色ってば、寝ぼけないの。くすっ。」
緋色の見せる幼い仕草に二人は思わず笑みを零し、また強い愛しさを覚える。
だが当人はそんなこととは露知らず、総司の温もりを肌で感じながらうっとりと視線を彷徨わせ、再び夢の世界へその身を置こうとするのだった。
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