蛍火−ほたるび−(土沖♀/現代)
*一周年企画小説
*『夢幻桜−ゆめさくら−』番外編
あの事件から二年の月日が経ち、一学年留年した総司もこの春無事に高校を卒業。
土方の仕事を手伝いつつ家事をこなし、入籍はしていないながらも夫婦の如き生活を送っている。
ほんの小さなすれ違いにより生じてしまった亀裂。
されど総司が土方のことを、土方が総司のことを一途に想い愛している気持ちに偽りはなく、その想いが結果的に関係の修復を可能にした。
温もり溢れる真実(まこと)の蜜月に心から酔いしれ、愛する人の隣で満たされて過ごす日々。
夢のように朧に消えてしまうはずであった幸せが、今もこうして現となって息衝いている。
相愛の二人を引き裂くものは、最早一つとして存在しなかった。
「お帰りなさい、歳兄さんっ。」
変わらぬ笑顔で迎えてくれる愛しい者に、表情は自然と穏やかになる。
帰りを待っていてくれる人がいるというのは何と幸福なことなのだろうか。
挨拶を返しながらそっと頭を撫でてやれば、擽ったそうに総司が翡翠を細めた。
「ご飯が先がいいですか?それとも、お風呂入っちゃいます?」
「飯を先にしてくれ、腹減った。・・・んで、食い終わったらお前と風呂に入る。」
「くすっ。歳兄さんってば、随分と欲張りさんですね。」
「一分一秒でも長くお前と一緒にいてぇんだよ。駄目か?」
「ダメなわけないじゃないですか。僕も・・・歳兄さんと一緒がいいです。」
嘘で塗り固められた偽りの恋仲に終止符を打ち、誰に憚ることもなく本音を口に出し合える真実の恋仲となった。
相手の顔色を窺いながら過ごすこともなく、嫌われるかもしれないと不安に駆られることもない。
想い合うことの本来の形を取り戻し、想いを重ねて共に生きる。
心の底から願っていた幸せが、様々な困難を越えた先にこうして待っていた。
だからこそ、暮らしの中で生み出される些細なやりとりまでもがいとおしくて堪らない。
「うぅ・・・。」
「しっかりしろ、総司。ほら水だ・・・飲めるか?」
穏やかな日々を心ゆくまで堪能していた二人だったが、ここ数日総司の体調が思わしくない。
酷い吐き気を催したり、気だるさでベッドから出られなかったりと日によって症状は区々だが、原因不明なだけに不安は募るばかり。
特に土方は、『短命家系』の生まれであることに過剰なまでの恐怖心を持っていた。
同じ血を持つ総司とてその例外ではないはず。
もしや、総司も若くして命を散らせてしまうのでは・・・そう思うと、とても心中穏やかではいられない。
「今日こそ病院に行くぞ。お前は大丈夫って言ってるが、どう考えたって大丈夫じゃねぇ。」
「でも、歳兄さん・・・。今日は大事な商談があるって・・・。」
「関係ねぇ。会社よりお前の身体の方が大事だ。」
一度失いかけたからこそ、二度と彼女を己の至らなさから危険に晒したくはない。
その為なら会社だって休むし、社運を賭けた商談だって蹴ってみせる。
「ダメ・・・。」
「総司。」
土方の気持ちも理解出来るが、素直に甘えられるほど無知でもない。
今日の商談の為にどれだけ入念な準備をしてきたかを知っているし、数少ない社員達が多大な期待を寄せているのもこの目で見ている。
自分のせいで輪を乱すことはしたくなかった。
縋るように手を伸ばし、シャツから覗く胸板に頬を寄せるようにして抱きつくと、弱々しいながらもしかと説き伏せようとする。
「僕のことを一番に想ってくれる気持ちは嬉しい。でも・・・僕のせいで折角頑張ってきた全部が無駄になっちゃう。それは、嫌なの・・・。」
「だが・・・っ」
「病院にはちゃんと行くから。だから、歳兄さんはちゃんと会社に行って。ね・・・?」
大事にしてくれることと、自分の為に他の全てを蔑ろにするのでは意味が違う。
傍にいて欲しいという雑念を振り払い、総司は心を鬼にしてそう告げるのだった。
常の如く土方を送り出し、約束通り病院に行くよう今度は自分の支度をする。
胸の中で渦巻いていた不快感もこの頃には随分と治まってきていた。
二年前の騒動以来、体調が悪くなると必ず山南の診療所に掛かっていた総司。
しかし山南は、『何とか』という難しい学会の為に数日前から診療所を留守にしており、今回に至っては街中の総合病院まで足を延ばさなければならない。
規模が大きいだけに、待ち時間を考えると気は重くなるばかりだが、絶対に行くと約束してしまったのだ。
帰ってきた土方に「面倒なので行きませんでした。」とは口が裂けても言えないだろう。
そして・・・長い待ち時間の末に漸く診察を受けた総司は、医者から驚愕の事実を告げられるのだった―――。
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