無自覚な感情(土沖/SSL/微裏)
昨日の古典の授業で小テストがあった。
土方の担当教科を真面目に受けるつもりなど総司には毛頭無く、テストはいつも白紙提出か落書きのみ。
その度に青筋を立てた土方に古典準備室での補習を命じられ、ねちねちと説教をされながら補習用のプリントにペンを走らせる・・・その繰り返し。
もちろん昨日の小テストでも同じことをした。
印刷されている文字の羅列など気にも留めず、紙一面に間抜け面した土方の似顔絵と先日彼が隠れてしたためていた俳句を添えて提出。
案の定怒り狂った土方から放課後古典準備室に来るよう呼び出しを受けたわけだが、毎回律儀に自分から怒られに行ってやるのも芸が無いのでたまにはすっぽかしてやることにする。
屋上に行くと出入り口横の梯子をさらに上りそこで仰向けに寝転ぶ、ちょうど死角になる位置の為ここなら土方が自分を探しに来ても見つかる可能性は低いだろう。
見つかる心配をするくらいならいっそ下校してしまえばいいのに、家に帰ったところで誰もいないことを考えるとそうする気が全く起こらない。
両親は早くに亡くなってしまっているし、代わりに自分の面倒を見てくれている社会人の姉も普段から仕事で帰りが遅い。
どうせ家にいても一人なのだ・・・ならばあえて学校に残り、補習をふけた自分を血眼になって探す土方の姿でも観察していた方が有意義だろう。
流れていく白い雲をぼんやりと目で追いながら総司はそんなことを思った。
しばらくすると荒々しい手付きで屋上のドアが開け放たれる。
そして響き渡る凄まじい怒声。
「総司!!出てきやがれ!!!」
予想通り現れた土方の声に総司は口端を吊り上げる。
見つからないようにそっと身体を起こして下を覗けば、不機嫌そうな土方が自分を探してきょろきょろと辺りを見回していた。
ラフな雰囲気のわりに人付き合いをあまり好まない総司は、昼休みになると大体屋上で昼寝をしている。
下駄箱には下履きが入ったままだし、校舎内にいるのならばきっとここだろうと土方は当たりを付けたのだろう、だが死角となる位置で息を潜めている総司は土方から全く見えていない。
「・・・いねぇみてぇだな。あいつ、一体どこに隠れやがったんだ?」
ガシガシと乱暴に頭を掻いて土方は大きなため息を吐く。
近藤は昼から会議で外に出ているし、主不在の校長室に転がり込んでいるとは考えにくい。
まさか堂々と保健室のベッドで寝ているとも思えない。
「ったく、手間掛けさせやがって・・・。」
眉間に深い皺を寄せながら、土方は他に総司が行きそうな場所を考える。
(ふふ・・・大分困ってるみたいだ。)
思った場所に自分がいなくて頭を抱える土方の姿を総司は楽しげに見ていた。
まさかこんなところに自分が隠れているなんて、冷静さを欠いた今の土方は思い付きもしないのだろう。
(でもまぁ、あんまり意地悪して近藤さんに報告されても面倒だし・・・そろそろ出て行ってあげようかな。)
総司が声を掛けようとすると、まるでそれを遮るように別の声が土方を呼ぶ。
「土方先生。」
背後から掛けられた声に土方が振り向くと、一人の女子生徒がそこに立っていた。
「どうした、俺に何か用か?」
苛立った気持ちを出来る限り表に出さないよう平静を装いながら土方は生徒に問い掛ける。
「あ、あの・・・先生にお話したいことがあって。聞いてもらえますか?」
「・・・あんま時間は取ってやれねぇが、それでも良けりゃ聞いてやる。」
帰られてしまっては元も子も無いので早く総司を探したいところなのだが、生徒を蔑ろにするのも教師としてどうかと思うし、話を聞いてやるくらいなら良いかと土方は思う。
出て行くタイミングを完全に逸してしまった総司は、仕方なく事の成り行きを見守ることにした。
(ただこのシチュエーションって、間違いなくあの子が告白するパターンだよね・・・。)
いかにもドラマや少女漫画にありがちな光景で、総司は呆れ顔になりながら様子を窺う。
あのルックスの土方だ、女子生徒からの告白なんて今に始まったことじゃないだろうし、まさかそれに気付いていないとも思えない。
教師という職業柄、善意で彼女の話を聞いてやろうとしているのだろう。
「土方さんも案外人がいいよね、普段はあんなにそこ意地悪いのにさ。」
(僕の我が儘にこうして付き合ってくれてるのも、僕が土方さんの生徒だからなのかな・・・。)
ふいに総司の顔が曇る。
自分はわざと赤点を取ったり悪戯を仕掛けては幾度となく土方に迷惑を掛けてきた。
しかし土方は一度だって自分のことを見捨てようとはせず、真面目な顔で叱りつけては忙しい仕事の合間を縫って補習に付き合ってくれる。
どんなことをしても絶対に突き放さない土方に、自分は心のどこかで何かを期待していた。
でも土方が今までそうだったのは、自分達が教師と生徒という関係だから。
何も特別なことなんてない・・・教師が生徒を見捨てないのは当たり前なのだ。
急に現実に引き戻された気分になり、総司は自分の心が酷く冷めていくのを感じる。
(僕・・・馬鹿みたいだ・・・・・・。)
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