零れた涙のその理由:前編(土沖/幕末)
*土沖命日連動小説第一弾
僕にとってそれは、とても大きな決断だった。
だからもう、この想いをあなたに伝える日は、永遠にやって来ないのだろう―――。
しっとりとした夜風を肌に受けながら、総司は人気の無い廊下を一人虚ろに歩いていた。
あれから既に一刻は経過しているというのに、未だ彼の断末魔とも呼べる声が耳について離れない。
自分は彼をこの手にかけた。
たとえ共に過ごした時間は短くとも、けして遠い存在では無かった彼のことを。
限りなく己のそれに近い人生を送ってきた、初めて己の境遇に共感を示してくれた彼のことを、だ。
(でも僕は、彼のことを切ってはいない・・・。)
命令は『確実に彼を殺せ』というものだった。
しかし、自分はその命令を完遂していない。
増水した川に生きたまま突き落とし、激流に呑まれていく様をただ見ていただけだ。
足を止め、空に浮かぶ朧な月にぼんやりと視線をやる。
雲に遮られて霞むあの月のように、総司の心には、靄がかった何かがあった。
悲しみや哀れみを感じているわけではない。
人を切ることなど、最早造作もないのだから。
(ならどうして、僕は彼を切れなかったの?)
剣に意思はない。求められるのは、持ち主の意のままにどんな相手でも殺せる、冷酷な鋭さだけ。
一時の情に流され、標的に刃を向けることを躊躇うようでは、剣として失格だ。
頭では受け入れていても、心は受け入れることを拒否している。
故に、あそこまで彼を追い詰めておきながら、とどめを刺すことが出来なかったに違いない。
彼の命を奪えなかったのは、己がまだ、『新選組の剣』として完成されていないという確固たる証。
「・・・今のままじゃ、ダメだ。」
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