淡恋花(土沖/SSL)



*『無自覚な感情』と同設定
*土方さんお誕生日記念小説


五月五日―――。
それは、総司にとって特別な一日。

愛する彼が、この世に生を受けた大切な記念日。


まだ完全に夜も明けきらぬ早朝の時刻、土方の自宅の前に一つの影があった。

癖の無い栗色の髪に、翡翠を思わせる鮮やかな緑の瞳。
あどけなさの残る表情は、これから己が起こす事柄への期待感で嬉々としており、湛えられた口元の笑みからもその度合いがはっきりと読み取れる。

左手に提げた買物袋には、昨日の内に買い揃えておいた食材の数々。そして右手には、目の前の扉を開ける為の小振りな鉄(くろがね)。

この日の為にこっそりと用意しておいた、彼の家の合鍵だ。

出来るだけ物音を立てぬよう静かに鍵を差し込み、そのまま時計回りに回す。
カチャン・・・という開錠音と、伝わってくる確かな手応え。

最初の関門を突破したことに対して、意図せずとも自然に口元の笑みは深まった。

(ふふ・・・っ。起きたらきっと驚くだろうなぁ、土方さん。)

一体どのような反応を見せてくれるのだろう。
怒るだろうか?それとも、素直に喜んでくれるだろうか?

彼の表情を思い浮かべるだけで、わくわくとした気持ちは更に大きく膨れ上がっていく。

(喜んで、欲しいな。)

心の中で小さく呟くと、重い買物袋をしっかりと持ち直し、意を決したようにドアノブに手を掛けた。



ベッドに入った時間が遅かったこともあり、土方の意識は深い夢の底へと沈んでいた。

無重力の中でふわふわと漂うような感覚、心地の良い温かさ。
特定の夢を見ているわけではないのだが、ずっとこの空間に居続けたいと思わせて止まぬ、極上の眠りだ。

・・・しかし、時折それを妨害するように混ざり始めた雑音。
規則正しく刻むトントン・・・という音に加え、人の気配のようなものまで感じられるようになった。

段々と浮上し始める意識の中で、土方は朧気に考える。

一人暮らしのこの家に自分以外の人間がいるはずはない。
休みの度に泊まりに来ている総司を除いては。

(・・・総司、か。)

今日は祝日で学校は休みだ。
大方泊まりに来た総司が、向こうの部屋で何かしているのだろう。

だが、そこまで答えを導き出しおいてはたと気付く。
昨日総司はうちに来ていたか?と。

『あ、土方さんですか?僕、今夜はお泊り行かないので一人で寝て下さいね。泣いちゃダメですよ?』 

『ば、馬鹿やろ・・・っ!?泣くわけねぇだろうが!!』

当然来るとばかり思っていたので彼の分の夕飯も用意していたのだが、理由の説明も無く電話一本で突然行かないと告げられて、一瞬何事かと思ったのを覚えている。

つまり、総司は来ていない。

「・・・っ!!?」

カッと目を見開き、掛け布団を蹴り上げるようにして跳ね起きる。
急速に目覚めさせられた頭が酷く痛むが、そのようなことに構っている場合ではない。

物音の主が総司でないということは、知らぬ者が勝手に家に侵入したということだ。
何が悲しくて、自分の誕生日に物取りに入られなくてはならないというのか。


反響を繰り返す痛みに耐えるように米神を押さえながら、険しい顔で室内をぐるりと見回す。
武器として使用出来そうな長物の類は無い。

普段寝る為にしか使っていない部屋だ、余計な物は置かない主義だし、そもそも当てにする方が間違っているだろう。

(起き抜けのこの身体でどこまで動けるか、だな。)

本当に物取りであるとすれば、大小問わず得物の一つや二つ携帯していると考えて然るべきだ。

腕っ節に自信が無いわけではないが、丸腰で出て行った場合にどちらに分があるのかと問われれば、それは考えるまでもなく相手の方だろう。

だが、現状をこのままにしておくわけにもいかない。
侵入者に好き勝手されているというのに、家主が息を殺して黙っているなど前代未聞だ。

少なくとも、プライドの高い土方に、見て見ぬふりなど到底不可能な話だった。


気配を殺し、寝室とリビングを隔てる扉の前に立つ。
すると、一定の間隔で刻まれていた音がふいに止み、侵入者の気配がこちらへと近づいてきた。

(・・・、今だ!!)

ドアノブに手を掛け、勢い良く手前に引く。
間髪入れずに飛び出そうとした次の瞬間、鈍い音と共に額に強烈な痛みが走った。

「いっ、たぁああいっ―――!!!」

不意打ちのせいで避けることも受け止めることも叶わず、綺麗に正面衝突したせいで上乗せにされた頭の痛みに、土方は耐え切れぬとばかりに目に薄っすらとした涙の膜を張らせた。

どうやら彼もまた、寝室に続くこの扉を開けるつもりだったらしい。

両者同じタイミングでドアノブに手を掛けたものの、あまりにも土方が強く中に引き込んだ為に、扉の向こうに人がいるなど露にも思っていなかった総司が、体勢を崩して土方に雪崩れ込む形となったのだ。

背丈が似通って、いや・・・総司の方が僅かに上回っていたからこそ起きた珍事だった。


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