りんごほっぺは蜜の味(土沖/戦後)
*戊辰戦争終結後(夫婦設定)
*二人が暮らしているのは雪村の地と同じような作用のある場所
とある山奥にある古びた家屋に、先頃新しい住人達がやってきた。
片一方の男はもう片方の男よりも幾らか若く、あどけなさの残る面立ちからは青年や少年を思わせる愛らしさを過分に感じさせた。
胸を患っているのか時折苦しげに咳込むことがあったが、その時には必ず同居人の男が駆け寄り、優しげな手付きでもって背を擦ってやる。
それはまるで、病気の妻を甲斐甲斐しく世話する夫のように極々自然なものであった。
そんな平穏な日々が続き、半年程の時が経ったある日のこと―――。
日没の時刻を迎え空がほんのりと瑠璃の色に染まり始めた頃、土方は居間の行灯に火を入れながら心配そうな面持ちで勝手場に続く戸に視線をやっていた。
(本当に、一人でやらせて大丈夫なんだろうか・・・。)
紆余曲折あったが、戊辰戦争が終結した後に土方と総司は晴れて夫婦となった。
男同士な上に祝言を挙げた訳でもないので、あくまで気持ちだけのものであるが、それでもこれまでの激動の人生を考えればこれ以上無い程に幸せなことだった。
互いに羅刹の身、総司に至っては死病の労咳まで患っている。
だが残された命が短いからこそ、二人は許される限り共に在ろうと誓った。
道半ばで散って逝った仲間達も、きっとそれを望んでくれているだろうと思ったからだ。
そして、この地で二人ひっそりと暮らし始めた。
試衛館時代程の貧乏さではないが、生活はほとんどが自給自足という大変慎ましいもの。
夏は近くの沢で魚を釣り、秋には山で栗や果実を得る。
人里に暮らしていた時分よりも物の入手には手間を取るが、全てが悪いことばかりでもない。
麗かな春の日には緑々とした草原に寝そべって昼寝をし、身も凍える寒い冬には肌を寄せ合い抱き合って眠る。
息つく暇もなく走り続けて疲れきった身体を癒しながら、愛する人のことだけを考えて日々を生きる。
想像しただけでも、何と幸福なことなのだろうかと思った。
たとえそれが、永遠に続く夢ではないとわかっていたとしても・・・。
『僕は、土方さんと一緒にいられるだけで幸せですよ・・・。』
全てが終わり、これからの身の振り方を考えていた時に総司から言われた言葉。
首に腕を回しながら屈託の無い笑みを浮かべて告げてきたそれに、どんなに心救われたかはわからない。
行く当ても無く、頼れるものも最早何も無い。
総司こそ、正真正銘自分に残された最後の宝だった。
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