夕月夜(土沖/幕末)
夕刻―――出先から戻ってきた土方は屯所内が何やら物々しい雰囲気に包まれていることに気付いた。
もしや留守中に敵襲でもあったのだろうかと考えていると斎藤と千鶴が慌てて走ってくる。
「副長!!」
「土方さん!!」
「斎藤に千鶴・・・どうした、何か騒ぎでもあったのか?」
「大変なんです。さっきから沖田さんが土方さんのお部屋で暴れているんです!!」
「何だと?!!」
予想もしていなかった返答に思わず目を見開く。何故総司が自分の部屋で暴れているのだろうか?
質問する前に斎藤がことの経緯を説明し始める。
「先程巡察を終えて総司の部屋に行ったところ、室内はもぬけの殻でした。今日は山崎も別件で屯所を空けていた故、その隙に部屋を抜け出したものと思われます。」
「俺もちょうど留守にしていたからな。それで、何であいつが俺の部屋で暴れている?」
「詳しいことは俺にもわかりません。自室にいないのであれば副長の部屋に悪戯の一つでも仕掛けに行ったのだろうと思い、すぐ追いかけたのですが・・・・・・」
『なっ・・・!!総司、何をやっている!!!』
うっすらと障子戸が開いていることから中に総司がいることは明白だった。
この数日間の仕返しを企んでいるつもりなら早々にやめさせなければと、斎藤は半開きの戸に手を掛けた。
すると眼前に現れた悲惨な光景に驚愕の声を上げる。
『何だ・・・一くんか。』
『何だではない!!何故副長の部屋をこんな有様にしたのだ!!』
部屋中の物という物が畳の上に散乱し、書状や書類はほぼ全て破かれ、襦袢や手ぬぐいの類もビリビリに引き裂かれていた。
明らかに悪戯の度を越した行為に斎藤は鋭い視線で所業の理由を問い詰める。だが総司は悪びれる様子も無く抑揚の無い声音でこう言った。
『僕は何も悪くないよ、全部土方さんがいけないんだ。』
『自室に閉じ込められたのがそんなに不満だったのか?副長はあんたの体調が思わしくないのを心配されて・・・』
『違うよ、そんなことで怒ってるんじゃない。閉じ込められたことにも腹は立ってたけど、さすがの僕でもそれくらいの理由じゃここまで酷いことはしないよ。』
ふふっと総司が妖艶な笑みを浮かべる。
いつもの総司と様子が違う、斎藤は瞬時にそう思った。
ほんの少しだけ身を硬くし、緊張したような面持ちで探るような視線を送る。
『そんなに恐い顔しないでくれないかな?』
『あんたの言い分が俺には全く理解出来ん、わかるように最初から説明してくれ。』
『嫌だよ。だってめんどくさいし、話したらもっと苛々しちゃうでしょ。』
斎藤に背を向けると総司は徐に破壊行為を再開する。
話してくれない以上理由については仮定するしかないが、おそらく自分がいないこの数刻の間に何か副長に関して著しく機嫌を損ねてしまうようなことがあったのだろう。
斎藤は頭の中でそう答えを導き出した。
そして今自分がすべきことは、これ以上被害を拡大させないように早急に総司を落ち着かせること。
『とにかくやめるんだ、総司。』
『やめない。』
『総司!!』
『やめないって言ってるでしょ!!!』
腕を引こうとすると突然総司が激昂し声を荒げる。
掴まれた腕を振り解こうと激しくもがき、身長差がある斎藤はいとも簡単に吹き飛ばされ、押入れの襖に背中を強打してしまう。
ぶつかった時の大きな音で周りの人間も異常に気付いたのか、慌ててこちらに走ってくる足音が斎藤の耳に届いた。
『何だ!!敵襲か?!!』
『ちょ、総司!?何やってんだよ!!?』
やってきたのは原田と藤堂だった。二人も室内の悲惨な光景に驚愕の声を上げる。
襖の前に伏していた斎藤が上体を起こすと二人に向かって言う。
『二人共、総司を止めてくれ。これ以上副長の部屋を荒させるわけにはいかぬ。』
『一くん!?』
藤堂が駆け寄ってこようとするが、斎藤は自分の心配よりも早く事態の収拾をと望んだ。
そこで藤堂は永倉を呼んでくると言い残し足早に部屋を出ていく。
斎藤よりも背の低い自分が総司に向かっていったところで二の舞を踏むと判断したのだろう。
原田と永倉の二人ならば体格の良い総司の身体を押さえつけられるだけの力がある為、ここは下手に無茶をせず早めに永倉を呼んでしまった方が賢明だと思ったのだ。
『総司、何でこんな真似しちまったのかはわからねぇが少し落ち着いたらどうだ。土方さんの部屋をこんだけ滅茶苦茶にしたんだ、いい加減気も済んだだろ?』
『左之さんには関係ありません。邪魔なんで出て行ってください。』
説得しようにも話を聞く気すらない総司に原田は苦い顔をする。
手が付けられないような癇癪を起こすことは以前からたまにあったが、今回の荒れようはその時の比ではない。
(あの人、一体何仕出かしたんだよ・・・。)
この場にいない土方に向かって原田は悪態を吐く。
土方のことなのでどうせまた女性絡みの色恋沙汰か何かだろうが。
『・・・・・・どうせ捨てられるんだ、男の僕なんか・・・どうせ・・・。』
『総司・・・?お前、何言って・・・。』
呟くようにぽそりと本音を漏らすと、唇を噛み眉を顰める。泣くのを必死で我慢しているように見えた。
総司は足元に落ちている本のようなものを拾い上げ、少しだけ名残惜しそうな顔で眺めてから破ろうと両の手を掛ける。
それは土方の句集、『豊玉発句集』だった。
『大っ嫌いだ・・・・・・僕を愛してくれない土方さんなんて・・・大っ嫌いだぁ!!!!』
『総司!!!』
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