もどかしい想い(土沖/幕末)



どうやって帰ってきたのかはよく覚えていないが、気付くと屯所の目の前に土方は立っていた。

正直ここで気が付いて良かったと思った。
もしもこんな意気消沈した顔で屯所内に足を踏み入れれば、鈍感な千鶴にだって何かあったのだと容易に悟られてしまう。
そんなことで他人の心境を察することに長けている総司を欺けるわけがない。

土方は両手を頬にパチンと打ちつけ、憂鬱とした気持ちを切り替えることにした。

「っし、行くか!!」



「げ・・・土方さん。」

「人の顔を見てそういう反応は感心しねぇな。それに何だ、てめぇが今手に持ってるそれは。」

朝から発熱していた総司には一日自室で大人しく寝ているように命じておいたはず。
しかし屯所に入って一番に様子を見に来てみると、寝ているどころか上着も羽織らずに縁側に座っている。しかも総司の手の中には大変見覚えのある一冊の本があった。

眉間に皺を寄せながら問い掛ければ、総司は視線を明後日の方に向け気まずそうに言う。

「え・・・と、豊玉宗匠の、句集・・・です・・・・・・。」

「俺はそれを持ち出すなと言っておいたはずだが。」

「そうでしたっけ・・・?僕、全然覚えてないなぁ。」

いつもと違い若干慌てている様子の総司。
後々返せと部屋に乗り込んで来られたのならばしらばっくれることも可能だが、くすねてきた句集を読んでいる最中に現場を押さえられてしまってはどうしようもない。

「つべこべ言わずに返しやがれ!!この悪ガキが!!!」

土方が手を伸ばすと総司は瞬時に立ち上がり、素足のまま庭の方に向かって飛び退く。
しかし鈍った足で上手く地面に着地することが出来ず、総司の身体は大きくよろめいた。

「うわっ・・・!!」

「っ、総司!!!」

急いで縁側から飛び降りると、土方は総司の腕を掴み自分の方に強く引いた。ぽすんという音と共に総司の身体が土方の腕の中に納まる。
密着すると、どくん・・・どくん・・・という規則正しい心臓の音が聞こえてくるような気がした。

「ったく、急に動くから転びそうになんだよ。」

「ご、ごめんなさい・・・。」

「足首捻ったりしてねぇな?」

「はい、大丈夫・・・です。」

「ならいい、これからは気を付けんだぞ。」

口調はいつものように荒いが、言葉の端々に包み込むような優しさを覚える。
一体どうしてしまったのだろうかと総司の頭の中に疑問符が浮かんだ。

「なぁ、総司。」

「何です?」

「お前、随分と軽くなっちまったな・・・。好き嫌いしてちゃんと飯を食わねぇから痩せちまうんだよ。もっと平助達みたいに沢山食って、ちったぁ肉を付けやがれ。」

「ぁ・・・。」

着物の上から見れば筋肉の落ちてしまった身体でもそこまで目立たない。しかし直接抱きしめられてしまえば、それはもう一目瞭然だった。

総司は酷く困惑した、何と言葉を返せば良いのかわからなかった。
いつも通りの自分なら土方の言葉を茶化す文句の一つや二つすぐに浮かぶはずなのに、真剣に自分のことを案じてくれるその言葉が嬉しくて思わず言葉が詰まる。


完全に固まった総司を一見してふっと土方が笑みを零すと、軽い身体をひょいっと抱き上げて家の中に戻っていく。
室内に入り敷かれたままの布団の上に総司を下ろすと、頭を撫でながら土方が言い聞かせるように言った。

「手拭い濡らしてきてやるからちっとばかしここで待ってろ。後はそうだな・・・身体も大分冷えちまってるみてぇだし、ついでだから茶も入れてきてやるか。千鶴の美味い茶じゃねぇがそこは我慢しろよ?」

「ま・・・待って!!」

踵を返して部屋から出て行こうとする土方の着物の裾を総司がきゅっと掴む。
土方が振り向くと、切なげに眉を寄せながら総司が口を開いた。

「手拭いも、お茶もいらないから・・・少しだけ、少しだけ一緒にいてくれませんか・・・?」

「お前・・・。」

「傍にいて欲しいんです・・・ダメ、ですか?」

純粋に総司は土方のことを求めていた。
縋るような眼差しに土方が柔らかく頬を緩ませると、総司の方に向き直り安心させるようにふわりと優しく抱きしめる。

「・・・ったくしょうがねぇな。そんなら茶の代わりに俺が温めてやるか。」

身体を自分の方にもたれかからせると、総司は安堵したように深く息を吐き、ゆっくりと翡翠の双眸を閉じて与えられる温もりに身を任せた。


― fin ―

2011.09.26




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