はじまりの星屑(土沖/幕末+試衛館時代)




「あの・・・土方さん。一人で稽古していたこと、近藤さんには内緒にしてもらえませんか?」

ばつが悪そうな顔で総司が土方に頼み込む。

毎晩ここで稽古をしていることは近藤の知るところではない。
故に土方にこの事を報告されてしまうと夜の稽古が出来なくなるばかりかお叱りまで受けることになってしまうのだ。

総司の顔を見ながら少しばかり思案すると、土方はおもむろに次のような提案をした。

「夜の稽古をこれっきりにすると約束出来るのなら黙っておいてやる。早く強くなりたいお前の気持ちも理解出来なくはないが、こんな夜遅くに一人で出歩いててもしものことがあったら悲しむのは近藤さんだ。お前だって近藤さんを悲しませるような真似はしたくねぇだろ?」

「したくない、です。」

「なら約束出来るな?」

優しげな声音で問い掛けられると、総司は素直にこくんと頷いた。

「いい子だな、総司。・・・・・・っと、そういえば今日あれを貰ったんだったな。」

頭を撫でてやっていた土方がふいに何かを思い出し、背負っていた薬箱を下ろして中を漁り始める。
目的の物を取り出すと総司の身長に合わせるように膝を付いた。

「ちょっと目を瞑って口開けてみろ。」

「何をする気ですか?変なことする気ならやめてください。」

「んなことしねぇよ。いいもんやるからさっさと開けやがれ。」

一瞬怪訝そうに眉を寄せると、促されるままに目を瞑り少しだけ口を開ける。

ころん―――。

放り込まれた小さな塊が熱で溶けると口の中に甘い味が広がった。

「ん・・・あま・・・・・・これ、飴ですか?」

「飴だと・・・?もしかしてお前、金平糖食ったことねぇのか?」

「こんぺい、とう?」

総司が小首を傾げる。どうやら名前も聞いたことが無かったようだ。
土方は袋を手の平に乗せると見やすいよう口を大きく広げてやる。

「ほら、これが金平糖だ。」

赤に緑に白・・・色とりどりに染め上げられた小さな粒は、まるで夜空に浮かぶ星の如く美しい。

初めて見る金平糖にすっかり心を奪われたらしい総司は、緑色の金平糖に負けないくらい美しい翡翠の瞳を輝かせながら感動のため息を漏らす。

「わぁ、綺麗・・・お星様を近くで見てるみたい・・・。」

「気に入ったみてぇだな。」

「はい!!」

歳相応のあどけない笑顔に機嫌を良くした土方は、総司の手を取ると金平糖の入った袋をそっと握らせる。

渡された袋を一見すると、お伺いを立てるように総司が口を開いた。

「あの、貰っていいんですか・・・?」

「あぁ、全部お前にやるよ。」

「ありがとうございます・・・土方さん。」

大事そうに袋を握り締めながら礼を言う総司の頬は、嬉しさで何とも愛らしく染まっていた――――。



夜の屯所の庭先に響く小気味良い素振りの音。
もうすぐ就寝時間だというのに総司は一人黙々と稽古に励んでいた。

本当なら今頃は一番組の隊士達と夜の巡察に出ていたはずだったのに、夕飯の時に発熱していることを土方に見抜かれてしまいあえなく斎藤と交代。自室での休養を命じられた。

しかし発熱しているといってもあくまで微熱程度・・・数刻と経たないうちに手持ち無沙汰となった総司は自室の前の庭先でこっそりと素振りを始めてしまう。

心配性の土方はすぐに自分を隊務や稽古から遠ざけようとする。
いくら高い技術があっても使わなければ衰えてしまうし、隊務に参加出来なければ近藤の役にも立てない。

もどかしい気持ちを発散するように、総司はさらに力を込めて木刀を振った。


「おいこら総司!!こんな時間に何してやがる、今日はもう寝ろっつっただろうが!!!」

静寂の中に突如響き渡った怒号。

聞きなれたその声に嫌そうな顔で振り向けば、予想通り鬼の如き形相で仁王立ちしている土方の姿が目に入ってくる。

「あれ、どうして土方さんがここにいるんです?まさか自分の部屋の場所がわからなくなるくらい呆けちゃったんですか?」

「んなわけねぇだろうが!!一々年寄り扱いすんじゃねぇ、このくそ餓鬼!!」

(そういう土方さんだって、そうやっていつまで経っても僕のことを餓鬼扱いするくせに・・・。)

心の中で小さく不満を漏らすと、総司はすぐさま土方から視線を外して素振りを再開しようとする。
それを見た土方は、自分の足袋が汚れてしまうことも気にせず庭先に下りて総司を制止した。

「だから無茶すんなっつってんだろう。」

「こんな微熱、あって無いようなものですよ。土方さんってばほんと口煩いんですから。」

「ならさっさと熱を下げろ。どんだけ厄介な風邪にかかっちまったのかは知らねぇが、自分の体調管理一つ満足に出来ねぇ奴に隊務を任せるほど俺は甘かねぇぞ。」

「むぅ・・・土方さんの性悪。」

「何とでも言え。」

土方は袖から小振りな袋を取り出すと悪態をついている総司に差し出す。

「ほら、薬持って来てやったからさっさとこれ飲んで寝ろ。」

「石田散薬なんてインチキ薬、僕は絶対飲みませんよ。」

「これは松本先生の薬だ、さっき俺が行って貰ってきた。」

「え、さっきって・・・?」

「石田散薬を渡したところで素直に飲まねぇのは目に見えてるからな。わざわざ診療所まで貰いに行ってやったんだからちゃんと飲めよ。」

薬の入った袋を強引に押し付けると、土方はそれ以上何も言うことなく自室に戻っていった。


再び静寂に包まれた庭先で、薬入れにしては少々大きいその袋の紐を解く。

「これ・・・金平糖。」

薬包と共に出てきたのは色とりどり金平糖。

あの時の光景を彷彿とさせるようなそれに、総司は自分の心が温かいもので満たされていくのを感じた。


意図してやったのか、それともただの偶然か・・・それはわからない。

だがもし自分と同じように土方もあの晩ことを大事な思い出として心に残してくれているのだとしたらこれほど嬉しいことは無いと思う。


総司は金平糖を一つ摘んで口の中に放り込むと、顔を上げて空を見上げる。

澄み切った空には、あの頃と同じ満点の星空が広がっていた――――。


― fin ―




[ 15/202 ]

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