卯花月と恋の駆け引き(土沖/SSL)




ふわり・・・、ふわり・・・―――。


「ん、ぅ・・・。」

どうやら、泣き疲れて眠ってしまったらしい。
腫れぼったい両瞼は開けるのすら億劫になるほど重く感じ、ずきんずきんと鈍い痛みを生む頭部の違和感と共に、朧気な意識をなかなか覚醒へと導いてくれない。

そんな中、慰めるが如くやんわりとした動作で栗毛に触れてくる何か。
優しいそれは温かく心地良くて、浮かび上がろうとする意識を再び夢のゆりかごへと誘おうとする。

「・・・じ・・・、・・・・・・ねぇ・・・」

『総司、すまねぇ・・・』と、確かにそう聴こえた。
規則的な間隔でもって髪を撫で上げる、硝子細工を扱うかのような繊細な指使いにも心当たりがある。

ゆっくりと瞼を上げていけば、眉間に深い皺を幾つも寄せた土方の姿が目に飛び込んだ。
その表情は酷く辛そうで・・・先刻までの不安は何処へやら、思わず彼に問い掛けてしまった。

「悲しいことでも・・・、あったんですか・・・?」

「起きてたのか。」

「たった今、ですよ。どうして此処にいるんです・・・不法侵入ですか?」

「合鍵作って渡したのはお前だろ。てめぇから招き入れるような真似をしておいて、都合の良い時だけ不審者扱いするんじゃねぇ。」

口調だけは戻ったが、悲しげな雰囲気は未だ纏ったまま。

もぞもぞと身じろぎながら身体を起こすと、片手をついたまま反対の甲を使って目を擦ろうとする。
・・・がしかし、当てた手を左右に動かす前に阻止されてしまった。

「擦ると腫れが酷くなるからやめとけ、今タオルを濡らしてきてやる。」

「余計なお節介は入りません、僕の目が無様に腫れ上がっても土方さんには関係ないでしょう。もう・・・恋人でもなんでもないんだから・・・。」

彼を目の前にすると素直になれないのは悪い癖だ。
だが恐らく、今の自分はとんでもなく複雑な表情で彼を見ているに違いない。

笑うでも、怒るでも、泣くでもない・・・全てが入り混じった何とも形容し難い顔をしているのだろう。

その後流れた沈黙はせいぜい数秒か数十秒。
永遠のように長く、大変に息苦しい一時だった。


「違ぇよ。」


言の葉を耳で感じ取ったのが早いか、それとも、彼の胸に抱き留められたのが早いか。
一つだけはっきりしていたのは、伝わってきた彼の鼓動が焦りを滲ませて早鐘を打っていたこと。

「騙そうと思って逆に騙されてんじゃねぇ、お前って奴はどうしてこうも鈍感なんだ。俺が本気で、お前を捨てて他の女を選ぶような男に見えるのか?そんなに信用ならねぇのかよ・・・。」

「ふぇ・・・?う、そ・・・なの?」

「あぁ、全部エイプリルフールの嘘だ。」

結婚するという話も、別れるという話も、土方なりに考えた仕返しのつもりだった。

四月馬鹿に総司が目をつけないはずがないし、悪戯半分に別れ話を切り出すであろうことも容易に想像できる。
故に、彼の嘘に重ねる形で自分も嘘を吐いてみせたに過ぎなかったのだ。

種明かしをされると、総司は安心しきった様子で四肢の力を抜き、だらりと土方に凭れ掛かる。
そして、噛み締めるように何度も何度も『よかった』と口にしながら、喜びの涙をほろりと一粒零すのだった―――。




「ここまで信じ込むとは正直思ってなかったんでな・・・その、泣かしちまって悪かった。」

「むぅ、本当に怖かったんですからね・・・!!土方さんの性悪っ!!」

「騙そうとして電話してきたお前に言われたかねぇよ。どうぜお前も、別れ話をネタにするつもりだったんだろうが。」

「それはそれ、これはこれです!!大人の癖にいたいけな恋人をからかって楽しいんですか!?」

「お前の何処が『いたいけ』だ!!ちったぁ言われる方の身にもなりやがれ!!」

「嫌い嫌い嫌いっ!!土方さんなんて大っ嫌い〜!!!」

「てめぇ・・・日付変わった瞬間真っ先に後悔させてやるから覚悟しやがれよ・・・!!」


― fin ― 

2013.04.01




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