甘い吐息と君の温もり(土沖/戦後)




いい雰囲気のまま口付けを交わそうと、どちらともなく唇を寄せ合ったその時・・・火に掛けっぱなしだった鍋が勢いよく吹き零れ見事に場の空気を台無しにしてしまう。

火加減の調節と吹き零れた鍋の後始末に追われるうちに、すっかり現実に引き戻されてしまったものの、落ち着く頃には土方の精神状態も常のそれに戻っていた。


太陽が沈み、晴れ渡る夜空に数多の星が瞬き始める。
いつもより少しばかり遅い、二人きりの夕餉の時間。

膳と膳の間に置かれた鍋の中身を一見すると、感心したような、それでいて疑いの念も含まれたような微妙な視線を土方が投げてくる。

「きのこ鍋・・・か。毒きのこじゃねぇだろうな?」

「当たり前じゃないですか。なんてことを言うんです!?」

「そうだよな・・・。まさか、てめぇの食うもんにまで仕込まねぇとは思ってるが、日頃の振る舞いを考えたらどうにも勘繰っちまってよ・・・・・・大丈夫、なんだな?」

「むぅ・・・。嫌なら食べなくてもいいんですよ?その代わり、僕二度と土方さんのご飯作ってあげませんからね!!」

言うが早いか、席を立ち早々に膳を下げようとしてくる総司。
慌ててその手を制すると、観念したとばかりに平謝りをする。

疑われても文句を言えないような悪行を重ねてきた彼に一番問題があるのだが、煽り過ぎた挙句に臍を曲げられでもすれば、本当に金輪際食事を用意してくれなくなるだろう。

腕前は別としても、愛妻の手料理を食べられずに損をするのは他ならぬ自分自身。
大喧嘩に発展する前に此方から折れてしまった方が利口というものだ。

「これでも頑張って作ったんですよ。味見だって何度もしたし・・・」

「だから悪かったっつってんだろ、いい加減機嫌直せ。」

帰って来た時に小皿片手に首を傾げていたのはその為だったのか、と今更ながらに思う。
目力を鍛える為に料理は全て目分量で作るのだ、と豪語していた数年前の彼からは到底想像出来ない。

彼も彼なりに一生懸命努力してくれている。つまりはそういうことなのだろう。

「・・・ありがとな。」

「え?何ですか、よく聞こえなかったんですけど・・・。」

「独り言だから気にすんな。ほら、さっさとよそってくれよ。」

はぐらかしつつ椀を差し出してくる土方に解せないと一瞬顔を顰めたが、問い詰めたところで同じ返しをされるのは目に見えていたので、下手な追求はせず言われるがままにそれを受け取る。

鍋なのだから好きに食べれば良いものを・・・と、内心ほんの少しだけ悪態を吐いてみた。


「はいどうぞ、火傷しないで下さいね。」

「・・・・・・、食わせてくんねぇのか?」

「はぁ?なんで僕がそこまでしてあげないといけないんです?」

「なんで、か。・・・そりゃあな、お前が俺の嫁さんだからだ。んなもん言うまでもねぇだろ?」

「なっ・・・!?」

「食わせてくれよ、総司?」

緩やかに口角を上げ、切れ長の双眸を一点集中で向けてこられては否など唱えられない。
形勢逆転。先刻の弱音も含めて今日は自分の完敗だと白旗を上げると、椀と箸を手に待ち侘びる土方の傍らへ座り直した。

箸で摘んだきのこにふうふう・・・と軽く息を吹きかけ、荒熱を取ったそれをおずおずと彼の口元まで運ぶ。
待ってましたとばかりに開くそこへひょいと放り込めば、大人しく咀嚼する彼の頬が満足げに緩み、次を寄越せと催促される。

数度の繰り返しを経て椀の中身半分ほどまで減った時、食わせろの一点張りだった土方がふいに膳の上の箸を手に取った。
その手の向かう先は、総司が持つ椀の中身・・・。

「食わせ合いってのも悪くねぇだろ。待ってろ、次は俺がお前に食わせてやる。」

同じように息を吹きかけ、口元まで運ばれる箸先。
餌を待つ雛鳥の如く反射的に口を開けば、ほんのりと温かみを残したそれがすんなりと中に入ってきた。

食べさせてもらっているという事実に気恥ずかしさは募るばかりだが、不思議と嫌だとは思えない。
恥ずかしいどころか、嬉しいとさえ思ってしまうのだ。

「ふっ・・・なに赤くなってやがんだ。恥ずかしがることなんざ何もねぇだろ。」

「う、煩いですよっ・・・!!無駄口叩いてる暇があるなら、ほらっ、早く次下さい!!」



辛いことを思い出した時、過ぎ去りし過去に心痛める時、内に秘めた悲しみをほんのひと欠片でもいいから打ち明けてほしい。

今の僕には何の力もないけど、傷ついたあなたの心を慰め、温めてあげることは出来るはずだから。

だからもっと、僕を必要としてほしい・・・強く、強く求めてほしい。
命尽きる最後の瞬間まであなたと共に生きるのだと、己の心に固く誓ったのだから。

この両の手であなたの心を守るのだと、誓ったのだから―――。


― fin ―

2012.11.23




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