翠色の光、雲間に射して(土沖/SSL)




「・・・ん、んぅ・・・。」

朧な意識が浮上し、閉じられていた双眸がうっすらと開く。
いつの間にか泣き疲れて眠ってしまったらしい。

ソファーの上で無造作に寝転がっていたはずの身体は、人の温もりに包み込まれ、壊れ物を扱うが如くやんわりと軽く背を叩かれていた。

あやすような仕草に心地良さを覚え、小さく身じろぐ。
すると、規則的に繰り返されていた手の動きが止み、穏やかな声音でもってそっと問い掛けられた。

「気分はどうだ、総司?」

「・・・、最悪。」

急に現実に引き戻されたような気分になり、不機嫌な声が意図せず漏れ出す。
あからさまな態度に土方は眉を顰め、苦笑し、支えていた腕の力を強めて身体を引き寄せた。

とくん・・・とくん・・・と刻む心音が近くなり、緊張するようにはっと四肢が強張る。

「こんな仕事の虫が恋人で、いよいよ愛想でも尽かしたか?」

「そんなわけ、ないじゃないですか・・・。」

「なら、好きか?」

「好きじゃないです、愛してます。土方さん以外の恋人なんていらない・・・。」

「ふっ、随分と嬉しいこと言ってくれんじゃねぇか。そんなに寂しかったのか?」

「・・・っ、寂しかった・・・。」

両腕を縋らせながら甘えるように頬を摺り寄せ、溜まりに溜まった想いを溢れさせる。

出会ってから恋仲となるまで、そして・・・恋仲となってから共に歩んだこの一年。
驚くほどに縮まった距離感・・・それこそが、二人の心が通い合っているという確かな証。


顔を上げさせ、翡翠を潤ませる総司の唇を己のもので塞げば、抗うこともせずにす・・・っと瞼を閉じて先を請うてくる。

おずおずと開かれる口内に招かれるようにして舌を差し入れ、互いの唾液を交換し合うかのように水音を響かせながら何度も何度も絡ませ合う。

敏感な舌先を通じて相手の熱を感じる度、どちらともなく抱擁を強め身体を密着させる度、満たされた感覚が身体の隅々まで駆け巡っていき、思考をとろとろに蕩かしていく。

飽く事なく続けられる濃厚な口付けが静かに終わる頃、雨上がりの空から天の階とも思える光の帯が一つ・・・また一つと差し込んだ。



未だ晴れきらぬ空に散り散りに浮かぶ黒雲。
その雲間を裂くようにして差し込む光は、空色でも瑠璃色でもなく、珍しくも大変に美しい翠色。

半透明に近い澄んだ色合いにただただ見入っていると、隣に立つ土方がポケットから何かを取り出しこちらに向き直った。

「総司、覚えてるか?俺達の一年は此処から始まったんだ。」

「そういえばそうでしたね。補習から逃げた僕を土方さんが捜しに来て、その時に女子生徒から突然告白されて・・・」

「それを見たお前が勘違いして、此処で大泣きしながら騒いだんだったな。」

教師だから仕方なく生徒の面倒を見る。
例えそれが、どんなに出来が悪く、手に余る生徒であったとしても。

小さな勘違いから生じた大きなずれに、心の片隅で土方に想いを寄せていた総司は酷く悲しんだ。
不特定多数の『教え子』の一人としてしか自分を見てくれていないと思ったからだ。

相手の本心も訊かずに先走り、挙句、当り散らすが如く大声を上げ泣き喚いた。
今改めて思えば、恥ずかしいことこの上ない。

「だが・・・あの出来事があったから俺はお前の気持ちを知ることが出来たし、こうして恋人という一歩進んだ関係になれた。泣き顔は見たくなかったが、そういう意味ではお前の勘違いに感謝してる。」

「何か、全然褒められてないような気がするんですけど。」

「話は最後まで聴きやがれってんだ。・・・おい、ちょっと左手貸せ。」

「ふぇ?」

言われるがまま左手を差し出すと、一瞬の迷いもなく薬指に冷やりとした物が填められる。
きらりと光る銀(しろがね)に彼の真意を悟り、総司はすぐさま目を見開いた。

どうして?という表情を向ければ、穏やかに緩まる彼の頬。

「指輪一つで繋ぎとめられるほど安くねぇかもしんねぇが、性格に似合わずお前はすぐ不安がるからな。・・・いいか、総司。それをやったってことは俺は本気だってことだ。しっかり肝に銘じとけよ?」

「い、いいの・・・?」

「家に俺の分もあるから、そっちは後でお前が付けろ。『俺はお前だけのもんだ』っていう証だ。」

「土方さん・・・っ。」

「学園を卒業しても俺の傍を離れるんじゃねぇ。いいな?」

「・・・っ、はいっ!!」


くしゃりと笑う総司の瞳からほろりと涙が零れ落ちる。
悲しみによって溢れた雫ではなく、満たされた想いに歓喜する澄み渡った清らかな雫。

はじまりの場所で告げられた真実(まこと)の愛は、空に射す翠色のそれを同じように、総司の心を明るく照らすのだった―――。


― fin ―

2012.09.01




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