素直じゃない君が好き(土沖/現代)
「どうだ、総司。そろそろ謝る気になったか?」
「謝るのはあなたの方でしょ!!高校生にもなってこんなことをして、恥ずかしくないんですか!?」
何食わぬ顔でふらりと戻ってきた土方に、孤独に苛まれていた心が瞬く間に怒りで満たされる。
感情に振り回されやすいのは幼さ故か、大きな翡翠を鋭く細めて威嚇してくる総司に、反省の色無しと取った土方はわざとらしくため息を吐き捨てた。
両腕を前で組みながら、酷く淡白な口調で言う。
「俺は弱い者虐めをしてるんじゃねぇ。世の中の厳しさってもんを実践で説いてやってんだ。」
「なっ・・・!!」
「大人だろうがガキだろうが、やったらやり返されんだよ。己の過ちを反省して素直に謝れもしねぇ奴はただの甘ったれだ。・・・お前は、そんな屑みてぇな大人になりてぇのか?あぁ?」
発言の正当性は認めるが、彼のやり口も十分人の道から外れている。
自分のことを棚に上げて偉そうに説教など出来た立場か・・・と、総司は悔しそうに歯噛みした。
普段はいい加減なのに、年上というだけで兄貴面。
大好きな近藤の隣をいとも簡単に奪い去るし、幼い自分なんて比較の対象にもならないほど厚く信頼され、仕舞いには・・・この心までも容易く攫っていく。
どうしてこのような性格破綻者に情を寄せているのかと、己の趣味の悪さが恨めしくもどかしい。
「土方さんに何がわかるって言うんです!!あんたなんて嫌いだ!!!早くどっか行ってよ!!!」
意地っ張りな自分は、天邪鬼な自分は、想う事と反対のことばかりしてしまう。
面と向かうと恥ずかしいから、視線を反らしてツンとした態度を取ってしまうし、構って欲しいから、ついつい度を越したちょっかいをしてしまう。
彼がそのせいで迷惑を被っている事実に目を背けてなどいないし、もう少し加減すべきだったと反省することもある。
理解力が低いわけでも、甘ったれているわけでもない。
不甲斐ない話だが、まだまだ己を制御しきれていないだけなのだ。
「・・・・・・そうか、ならそこで一晩でも二晩でも反省してろ。俺はもう知らねぇ。」
「っ・・・。」
「じゃあな?甘ったれの総司。」
興味を無くした様子で踵を返すと、一度として振り返らぬまま帰って行こうとする。
今度は本当に戻って来てくれないかもしれない・・・。
底知れぬ不安が、絶対に曲げぬと誓った心を根こそぎ揺さぶった。
無茶をして怪我をする恐怖よりも、土方に見捨てられる恐怖の方が勝った総司は、翡翠に涙を滲ませながら立ち上がり、遠ざかる彼の背に向かって宣言するように声を上げる。
「子供だからって馬鹿にしないでよっ!!こんなところ、僕一人だって降りられるんですから!!!」
「っ、総司!!?」
「わぁああああっ――――!!!」
目を瞑り、躊躇もせずに飛び降りる。
まずいと思った土方は慌てて受け止めようと着地点に走った。
(くそっ、間に合え・・・!!!)
懸命に伸ばした両の腕が間一髪総司を捉え、滑り込むようにして華奢な身体を胸に抱きとめる。
全身を地面に打ちつける激しい痛みではなく、守るようにしかと抱かれた腕の温もりに、張り詰められていた緊張の糸が音を立ててぷつりと切れた。
「あ、あぁ・・・。」
放心状態の総司を見回し、怪我を負っていないことをその目で確認すると、途端に土方の形相が鬼の如きそれに変わる。
だが、怒りを露にしたのはほんの数瞬のことで、二・三咎める言葉をぶつけると、一転して穏やかな表情に戻り、ガタガタと身を震わせる彼をあやすように優しく抱き締めた。
「怖がらせちまってすまなかったな。どこも痛くねぇか?」
「・・・ひ、じかた・・・さ・・・。」
「もう、大丈夫だからな。」
「・・・ふっ、ぅ・・・ぇ・・・・・・。ごめ・・・っ、なさ・・・ぁ・・・!!」
声を上げてわんわん泣きじゃくりながら、口に出来なかった謝罪の言葉をしきりに繰り返す。
張れる意地などすっかり失せた総司は幼子同然であり、縋るように土方にしがみ付いて離れようとしない。
『ごめんなさい』以上のことは聴けなかったが、身の内に反省の気持ちが芽生え、確かに息衝いたのは間違いない。
強引な手を使ったことによって涙を流させる結果になったのは本意ではないにしろ、物の分別を教えるという当初の目的は達せた。
然るに・・・多くは望まず、彼の精神を静めてやることが最優先。
ふわりと栗毛に手を滑らせ撫でてやりながら、土方は慈愛の籠った声音で告げる。
「いい子だな、総司・・・。ちゃんと『ごめんなさい』って言えて偉ぇぞ。」
素直に想いを口にしてはくれないが、そんな君でも構わない。
態度で示してくれずとも、傍で見守る自分にはちゃんとわかっている。
天邪鬼で、やきもち焼きで、少しばかり寂しがり屋の君。
そんな可愛い君が、堪らなくいとおしい―――。
― fin ―
2012.08.19
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