恋々歌(土沖/SSL)
そんな葛藤を知ってか知らずか、総司は不満そうにぷくっと頬を膨らませて抗議する。
「ねぇ、もっと。」
「駄目だ。お前、これ以上したら最後までしねぇと済まなくなるだろうが。」
「むぅ。」
「むくれんなよ。そんなにしてぇのなら、仕事が終わってから好きなだけ相手をしてやる。だから今はそれで我慢しろ。」
「・・・・・・。約束、破ったら承知しませんからね?」
殊更に駄々を捏ねないのは、彼自身も他人の目に触れればどうなるか承知しているからだろう。
むくりと起き上がった総司の頭を「いい子だな。」と言って優しく撫でてやった。
すると、甘い空気を自ら壊すようにして総司は否定する。
「いい子じゃないですよ。・・・僕は、悪い子です。」
「あん?」
「近藤さんから頼まれた託けを、土方さんに伝えませんでした。行かないと近藤さんが凄く困って、土方さんにも怒られちゃうってわかってたけど、でも・・・言いませんでした。」
押しても駄目なら引いてみろというのは正にこの事ではなかろうか。
普段どんなに叱りつけても屁とも思わないくせに、褒められたことによって逆に良心が痛んだのだろう。
天邪鬼な彼らしい、ある意味とても素直な反応だと思った。
「ごめんなさい、土方さん。」
「そこまで考えていたんなら、特別言い出せねぇ事情があったんだろ?言ってみろ。」
「そ、それは・・・。」
「もしその理由で俺を納得させられたら、今回だけは大目に見てやる。これでも最大限譲歩してやってんだ、一思いに話しちまえ。」
納得出来たらとは言ったが、後々どういうことになるかまで承知した上での行動なのだ。十中八九、理解に苦しむような内容ではない。
否・・・、理解してやれないほど器の小さい人間ではないつもりだ。
最初こそ渋っていたが、土方の纏う空気が柔らかなものであると気付くと、総司は意を決して理由を話してみることにする。
進んで聞き手に回ってくれた土方が、頭ごなしに否定するような言葉を口にしたりはしないはずだ。
「近藤さんが呼んでるって言ったら、土方さん・・・行っちゃうから。」
「はぁ?」
「適当にプリントでも渡して、僕のことなんかほったらかしにして近藤さんのところに行っちゃうって、そう思ったから。」
怒りばかりが先に立って考えもしなかったが、近藤が総司に託けを頼んだのは昨日の放課後だった。
例の如く小テストを真面目に受けなかった総司は、その日の放課後に古典準備室で補習を受けることになっており、そこへ向かう道すがら偶然近藤に鉢合わせたのだろう。
日頃から総司は真面目に古典の授業を受けようとはしない。
しかし中間や期末など、進級に直接響いてくるような試験の際にはけして悪い点数を取らないのだ。
彼は古典がわからないから白紙答案を連発しているのではなく、補習を受けたいが為にわざと理解出来ていないふりをしている。
到底信じられないような話だが、かといって全く有り得ないことでもなかった。
常に仕事優先の土方は、ともすれば恋人の総司でさえ二の次にすることがある。
故に、総司は考えたのだろう。
補習という正当な理由があれば、仕事人間の土方とて自分のことをそう簡単に蔑ろには出来ないはずだと。
漸く全ての合点がいった。
総司が昨日何も言わなかったのは、せっかく得られた二人きりの時間を、近藤の呼び出しによって割かれたくなかったからに違いない。
(俺も大概阿呆だな。こいつが面と向かって『寂しい』なんざ言えるわけがねぇってのに。)
怒りの感情など欠片も残ってはいなかった。
変わりに覚えたのは、己の至らなさに対する強い後悔の念。
姑息な手を用いなければ一緒にいられないと思わせてしまったことへの、深い謝罪の気持ち。
「総司、お前はやっぱり『いい子』だ。」
「ふぇ?・・・あっ!!」
肩を引き寄せ腕の中にすっぽりと納めると、耳元で口を開き囁くような声音で言った。
「いいか?寂しかったら今度はちゃんと声に出せ。叱ったりなんざしねぇからよ。」
「・・・・・・。はいっ、土方さん。」
「いい子だな、総司。」
「そういえば、さっきはあんまり苦くなかったです。」
「人騒がせな誰かのせいで吸う暇なんて無かったからな。ったく、口寂しいったらありゃしねぇ。」
「いっそこのまま禁煙してくれた方が身体にはいいのに。」
「何年愛煙家してると思ってんだよ。しようと思ってぱっと出来るわけねぇだろうが。」
「まぁ、それもそうですよね。・・・あ、じゃあこういう方法はどうですか?」
ちゅっ―――。
「なっ、総司!!?」
「口寂しくなったら僕がキスしてあげます。ね、そうしましょ?」
― fin ―
2012.05.16
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