恋々歌(土沖/SSL)
「総司はいるかっ!!!」
教室に着くなり怒声を張り上げ、荒々しく目的の人物を呼びつける。
・・・がしかし、総司は既に教室を出た後らしく、呼びかけに対する応えは一切聴こえてこなかった。
「どうしたのさ、土方先生。総司ならHR終わってすぐいなくなっちまったぜ。」
「ったく、あのガキ・・・俺が来るのを読んでいやがったな。」
舌打ちをしながら、怒りを抑え込むようにぎゅっと拳を握り締める。
寄っていた眉間の皺は、これでもかというほどに深くなった。
だがこれではっきりした。
やはり総司は、故意に近藤からの託けを伝えなかったのだ。
「おい、平助。」
「な、何だよ!?俺は何もしてないからな!?」
咎められるようなことなど何一つしていないというのに、藤堂は土方に向かって慌てて弁解する。
余計なことを一言でも口にすれば、どんな仕打ちが待っているか想像もつかない。
いや、想像することすら憚られた。
とにかく今は、己の身の安全を確保することが最優先事項だ。
蛇に睨まれた蛙よろしく身を硬くしている藤堂を見て、土方は盛大なため息を吐く。
どうやら彼は、怒りの矛先が自分に向けられたものと勘違いしているのだろう。
「お前のことなんざどうでもいいんだよ。総司の行き先に何処か心当たりはねぇか?」
「え、ぁ・・・行き先?そ、そういえば総司のやつ、『今日は部活が無いから屋上で昼寝でもしようかな。』とか言ってたような、言ってなかったような・・・。」
「あぁ?はっきり答えやがれってんだよ。」
「い、いいっ、言ってた!!確かに屋上に行くって、言ってました!!!」
冷ややかに細められた紫色に、ぶんぶんと首を大きく縦に振りながら肯定の意を示す。
最早腰を抜かす寸前であったが、明確な答えを受け取ると、土方はそんな彼に見向きもせず再び廊下へと躍り出るのだった。
誰もいない屋上の真ん中で、総司は解放的に四肢を投げ出しながらゆったりと寝そべっていた。
視界を埋め尽くすのは、晴れ渡る空に流れる無数の白い雲。
その内の一つをぼんやりと見詰めながら、うとうととした思考でこのようなことを思う。
(あの雲、わたあめみたいで美味しそう・・・。)
雨の塊であるそれを本当に食べようなどとは思っていないが、ふわりと浮かぶ白い造形は見れば見るほど甘い菓子とそっくりで、無意識に空に向かって手を伸ばしていた。
「見つけたぞ総司!!散々手間取らせやがって!!!」
穏やかな空気をぶち壊すように響き渡った怒声。
起き上がるのも億劫な総司は、視線だけを横に流し、騒がしさの元を辿る。
入り口の前でいきり立つ土方の姿を目端に捉えると、何事も無かったように空へ向き直り、そのまま静かに目を閉じた。
相手にすらされていないことを態度から感じ取ったのか、土方は大股で総司のもとまで歩み寄り、仰向けに寝そべった彼の身体を押さえ込むようにして圧し掛かる。
無抵抗の相手に対して少々強引かもしれないが、説教をする為にここまで来たのだ。
一にも二にも本人が聴く気になってくれなければ、いくら叱ったところで何の意味も成さない。
「おい、こっちを見やがれ。」
「僕、今お昼寝中なんです。邪魔しないで下さい。」
「しっかり返事してんじゃねぇか。早く目ぇ開けろ。」
「・・・・・・。」
このままだと本当に夢の中に意識をやりかねない。
恐らく彼は、その先を望んでいるのだろう。
でなければ、他人に組み敷かれたこの体勢で無防備な姿など晒せないはずだ。
『眠り姫は王子様の口付けで目を覚ますんですよ。』
以前、総司が何気なく口にした言葉。
いつものように冗談半分で言っているのだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
(ったく、しょうがねぇなぁ・・・。)
放課後とはいえ、何時誰がここにやってくるかわからない。
これから彼にすることをもし誰かに見られでもしたら、忽ち大問題へと発展するだろう。
望まれてしているとしても、教師が教え子に手を出すのは法に触れる行為。
仮に、罪に問われるのが己のみならば自業自得ということで諦めもつくが、総司まで処分されるなんてことになったら一生掛かったって悔やみきれない。
すっかり目的を見失った土方は真面目に頭を抱えたが、こうしていても埒があかないという答えにまで行き着き、結局は彼の望み通りにしてやることに決めた。
ゆっくりと顔を近づけ、誘うように薄く開いた唇に己のものを重ねる。
「んっ・・・ぅ。」
満足そうな吐息と共に、閉じられていた翡翠が漸く顔を覗かせた。
自ら差し出してきた舌を軽く絡め取ってやりつつ、あえて音を立てながら吸い上げてやれば、押さえていた両肩がもどかしげにぴくりと跳ね上がる。
だが、蕩けてきた総司の表情を見るなり、土方はそれ以上の刺激を与えることを止め、早々に甘い口付けを終わらせてしまった。
別に焦らして楽しもうとかそういうことではない。
抑えの利く内に自重しておかなければ、本当に取り返しのつかない事態になりかねないからだ。
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