零れた涙のその理由:前編(土沖/幕末)
「なっ、何を馬鹿なことを・・・!?土方さん!!あなたこそ、自分が何を言ってるかわかってるんですか!?」
「わかってるさ!!」
身を捩って逃れようと試みるが、逃すまいと更に加えられた力によってすぐさま押さえ込まれてしまう。
痛みすら感じる程に強まった抱擁が、彼の真剣さを物語っていた。
「好きだ、総司。ずっと・・・お前を愛してた。」
「っ―――!!!」
「だから、お前が人を愛する心を捨てると言うのなら・・・俺が貰う。」
「ん、ぅ・・・っ!!」
突然の告白に硬直している総司の唇を無理やり奪う。
混乱した頭では思考もまともに働かないのか、しばし総司は、されるがままに咥内を蹂躙されていた。
ガリッ―――!!
「ぐ・・・っ!!」
「っ、はぁ・・・っ。ふざ、けるな・・・っ!!」
噛み切らんばかりの勢いで舌に噛み付かれた土方は、思わず重ねていた唇を離し、腕に抱いていた総司を突き飛ばすようにして、反射的に畳の上へと放った。
乱れた呼吸を落ち着けることも二の次にして、総司は射殺すように土方を睨みながら言い放つ。
「あなたがそんな人だとは思いませんでした。そうまでして僕の心が欲しいのなら、お望み通り全部あげます。・・・どうせ僕にはもう必要無いものです、あなたの好きにしたらいい。でも、あげるのはそれだけです。僕自身は、絶対にあなたのものになんかならないっ!!!」
出て行け!!と声を荒げながら、何か言わんとしている土方を廊下まで叩き出し、ぴしゃりと戸を閉める。
締め出された土方は、無言で眼前の障壁に視線をやっていたが、やがて諦めがついたようにゆらりと立ち上がり、そのまま自室に向かって姿を消して行った。
土方の気配が完全に無くなると、総司は崩れるようにしてその場に座り込んだ。
左手の指先で唇に触れながら、強引に施された口付けの痕をなぞるようにそっと撫で上げる。
『ずっと・・・お前を愛してた。』
あれを方便とするならば、土方は自分よりも遥かに残酷で、性質が悪い。
だからこそ、真実であるとわかってしまったからこそ・・・辛かった。
「・・・し、て・・・・・・どうして、今なの・・・っ。」
想いを寄せていると自覚していながらも、天邪鬼な自分は、素直に気持ちを伝えられず生きてきた。
本当はずっと、土方のことが好きで好きで堪らなかった。
気付いて欲しいと願い続けて、気付いてもらえないことに幾度も憂いて。
漸くこの想いを捨て去ると決めた、そんな時に―――。
「あい・・・してた、のに・・・っ。僕だって・・・土方さんのこと、愛してた・・・のに・・・っ。」
もっと早く想いを告げられていたら、違う生き方だって選べたかもしれない。
彼の言う『幸福な未来』を、心の底から望むことが出来たかもしれない。
・・・今となっては、何もかもが後の祭りだが。
たとえ想いは通じ合っていたとしても、捨てると覚悟を決めた以上、自分はこの想いと決別しなければならない。
情を抱いたまま『剣』として生きることなど、不器用な自分には到底不可能だから。
彼の想いを受け入れてしまえば、己の信念を自らねじ曲げることになってしまうから。
諦めたように視線を落とし、切なげに眉を顰めながら、泣き笑いの如き表情を浮かべる。
「さよなら、僕の・・・愛しい人。本当に、愛してました・・・。」
ぽたり―――。
零れ落ちる涙と共に、胸に秘めた恋情が、流れ流れて消えていく。
そして僕は、二度とこの感情を抱くことはないだろう。
感じるべき己が心を、自ら手放してしまったのだから―――。
― fin ―
2012.05.11
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