愛染−あいぞめ−(土沖/SSL)
翌朝、土方は珍しく車でなく徒歩で駅前にやってきた。
総司と待ち合わせをする為だ。
『ホワイトデーのお返しという意味を込めて、明日は一日自分に付き合ってほしい・・・。』
つまりはデートをせがまれた訳なのだが、いつも二人で何処かへ出掛ける際には必ず車を使っている。
単なる気まぐれか、それとも徒歩でなくてはいけない理由でもあるのか。
(・・・にしてもあいつ、待ち合わせの時間はとっくに過ぎたってのに全然来やがらねぇじゃねぇか。)
腕時計に目をやると、約束の時間から既に十五分近くが経過している。
自分から待ち合わせ時刻を指定したくせに遅刻とはどういう了見だと、土方は不機嫌そうに眉を寄せた。
「ねぇねぇお兄さん、誰かと待ち合わせ?」
「あん?」
突如掛けられた声に反応し顔を向けると、立っていたのはまだ高校生くらいの少女。
背丈は平均的な女性よりも遥かに大きいのだが、セミロングの栗毛にくりくりとした大きな翡翠が愛らしさを過分に感じさせてくる。
コサージュの付いたシンプルなピンクのタートルネックに白いニットの上着、丈の短めなスカートに黒いタイツとカジュアルだがおしゃれな雰囲気の茶系のブーツ。控え目だがセンスの良いアクセサリーや帽子。
派手さばかりが先行する今時の女子高生とは全く正反対の身形に、思いがけず土方は見惚れ四肢を硬直させてしまった。
女子高生になど興味の欠片も無かったのだが、柄にもなく好みだと感じてしまったからだ。
栗毛に翡翠という、恋人の総司とよく似た特徴があったことも拍車を掛けたのかもしれない。
赤くなっている頬を見てきょとんと小首を傾げていた少女が、覗き込むように顔を近付けてくる。
唇が触れそうな程近づく距離に息を詰め、咄嗟に身を引こうとすると、逃がさないとばかりに少女の手が土方の腕を掴んだ。
「っ、おい・・・!!やめっ、やめろって・・・!!!」
耳まで真っ赤にしながら声を裏返らせ、どうにか抵抗の言葉を発する。
すると、後一歩でというところまで迫っていた少女の顔が急にくしゃりと歪んだ。
顔を離し、堪えきれないとばかりにけらけら笑い出す。
その仕草にはどうも覚えがあった。
「ぷくく・・・っ!!土方さんってば、焦り過ぎですよ!!あぁもう、お腹痛いです〜!!」
涙を浮かべて腹を抱える姿は、まるで悪戯成功とでも言わんばかりに満足げだ。
こういうことを自分にしてくる人間に心当たりは一つしかない。
「てめっ・・・、総司だな!?」
「ふふっ、そうですよ。僕です。」
顔を上げながらけろっとした表情で返してくる総司。
化けの皮が剥がれた途端、目の前の少女は普段通りの彼にしか見えなくなった。
たとえ髪が長かろうと、女装で化粧をしていようとだ。
「どうです?中々似合ってるでしょ。」
「ふ、ふざけんな・・・!!こんな白昼堂々何をしてやがる!!」
「しっかり鼻の下を伸ばしていた人が文句言わないで下さいよ。・・・土方さん、あれって完全に浮気じゃないですか?」
図星を差されて言葉が詰まる。
正体が総司だったからこそ何の間違いも起こらなかったが、もしも別の女に見惚れていたなどと知れたら後々大変な騒ぎになっていただろう。
そうでなくても彼には嫉妬深いところがあるのだから。
「ち、違ぇよ!!勘違いすんな・・・!!」
「勘違いも何もないじゃないですか。残念ですけど、僕って気付かない時点で土方さんの負けですよ。」
「だから・・・っ!!」
「でもまぁ、土方さんの目も誤魔化せるくらい完璧に女装出来てるってことですよね。・・・うん、これなら大丈夫そう。」
ねちねち嫌味を言うのを止めたと思ったら、今度は意味のわからないことを呟き納得するように頷く。
そして、冷静さを欠いている土方の手を取り催促するように引っ張った。
「さ、行きましょ。せっかく早く待ち合わせしたのに、いつまでものんびりしてたら意味が無くなっちゃいます。」
「ちょっと待て、総司。とりあえずどういうことなのか説明してからにしろ。頭が混乱しちまっててさっぱり状況が理解出来ねぇよ。」
「あぁ、それもそうですね。」
はたと気付いた総司は素直に申し出を了承する。
往来を避けるようにとりあえず場所を移すと、改めて一から話を始めた。
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